
2007年12月、「ジャーニー」のギタリストニール・ショーンは、新しいリードボーカルを探していたところYou Tubeで「ジャーニー」の曲を歌う無名のフィリピン人シンガー・アーネル・ピネダの映像を偶然見つける。
アーネルにすぐ

高音がとても魅力的な声で、元来声帯が強いタイプの歌手だと思う。その彼が歌ってから人気が再燃したのも頷ける。彼の今までの辛い経験も、今の幸せがいつまで続くのかという不安も正直に語っている。
※入国審査の際に渡航目的を聞かれ「ジャーニーのオーディションを受けに」と答えると審査員に「じゃあ

監督さんはフィリピンの


1968年。デトロイトのバーで、ロドリゲスという男の歌がプロデューサーの目にとまり、デビューアルバム『Cold Fact』をリリースする。
しかし2枚目のアルバムが失敗に終わり、誰の記憶にもロドリゲスは残らず、跡形もなく消えてしまった。
しかし、彼の歌は南アフリカの体制を変えようとする若者たちの革命のシンボルになり蘇っていた。

しかし、ロドリゲス自身、その後どうなったのかは誰も知らない。失意のうちにステージで自殺したという話がまことしやかに伝わっていた。
南アフリカの熱狂的ファンがロドリゲスを探すまでをドキュメントしている。
ネットの呼びかけが、偶然にロドリゲスさんの娘さんの目にとまりロドリゲスさんに会うことができた。
ご本人は過去のことなんか少しも引きずっていない。飄々としていた。
彼の声は柔らかい響きの声で、人間的魅力と詩の才能で溢れていた。
数奇な運命の元で、生き方の違う二人のシンガーだが「この幸運を家族と共に大切にしたい」という願いは同じだ。この2作品を同時上映した名古屋のセンチュリー劇場のラインナップ力が心憎い。