ロシア革命後、日本に移り住んだトルコ系民族のタタール人が中心になって建てた、旧・東京ジャーミイ(モスク)開堂75周年を記念しての催し。
5名の研究者の方が、タタールの人たちがシベリア鉄道〜満州〜朝鮮を経て日本に来たことや、その後、代々木上原にモスクを建てることになった経緯などを説明してくださいました。
無国籍になってしまったタタールの避難民の人たちは、1939年に一度、トルコ政府に国籍取得を打診したのですが、戦争が始まって却下。ようやく戦後、1953年にトルコ共和国の国籍を貰えたそうです。
会場には、1930年代後半から1950年代までの写真が飾られていて、その中に私のトルコ語の先生の少女時代の姿を見つけました。彼女のお父様はタタールではなく、カシュガルに住んでいたウィグル族。ソ連侵攻から逃れて来日し、タタールの人たちと共に東京ジャーミィ設立に関わったと聞いています。写真にはお父様の姿も。今は多摩霊園の外国人墓地に二人並んで眠っていますが、楽しい時を過ごした姿に感慨深いものがありました。
東京のタタール人たち (真ん中の眼鏡の方はロイ・ジェームスさん?)
1950年代から80年代にタレント・俳優として活躍したロイ・ジェームスさんも、お父様がロシアから避難してきた後に日本で生まれたタタール人。お墓はやはり多磨霊園にあります。
この日、会場にはご高齢のタタールの方もいらしていて、昔の話もお伺いすることができました。日本にやってきたタタールの方たちの物語を、どなたか映画に残してくれないでしょうか・・・
日本とトルコの友好の出来事として有名な1890年(明治23年 )のエルトゥールル号遭難事件は昨年映画化が決まったのですが、ちょうどクランクアップしたばかりと、この日聞きました。どんな作品になったのか楽しみです。
*17日の東京ジャーミィ。金曜日の集団礼拝が終わり、様々な民族の人たちがモスクから出てきました。実は展示を見ようと訪れたのですが、ちょうど集団礼拝の時間に行ってしまって見せてもらえず、19日に出直した次第でした。
東京ジャーミィ内部。とても落ち着ける空間です。
見学自由。女性はスカーフで髪の毛を被って!
(持参しなくても、モスクの入口にスカーフが置いてあります。)
集団礼拝の時には、女性は右端の専用ドアから入って上の階へ。
東京ジャーミィ外観