2015年03月28日

『小さき声のカノンー選択する人々』トーク付き上映会 “3.11後の子どもの未来”

鎌仲ひとみ監督と絵本作家五味太郎氏のトーク
2015年3月9日 イメージフォーラムにて
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『小さき声のカノンー選択する人々』は、『六ヶ所村ラプソディー』『ミツバチの羽音と地球の回転』の鎌仲ひとみ監督最新作。
3.11から4年。福島とチエルノブイリ ベラルーシ、国境を越えて「被曝」から子どもを守る母たちを描いたドキュメンタリー映画『小さき声のカノンー選択する人々』上映後に絵本作家の五味太郎さんを招き辛口トークがおこなわれた。五味太郎さんは400冊もの絵本を出版された絵本作家。

この作品では、いろいろな事情で福島の地を離れるわけにはいかない子どもたちもいることを伝え、福島とチェルノブイリの原発事故(1986年)後のベラルーシを訪ね、「被曝から子供を守るために」行動を起こした母親たちの闘いを追う。その中でも子どもたちを被曝していない地に滞在させる「保養」という形は、チエルノブイリ以降行われているもので、かなり子どもの健康に役立っていると語る。

二人のトークは「学校に行かないという選択肢もあるのでは?」という話で盛り上がった。
きっかけは、映画の中で、保養に行った後「学校が始まるから帰って来ざるを得なかった」という福島のお母さんの発言に対して、「えっ!何で? 帰ってこなきゃいいのに。学校行かなくてもいいじゃない。安全かどうかまだわからないのになんで行くの?」と言ったら驚かれたんです」と監督が言っていること。
「学校に行かなきゃいけない」と思うことと、「学校に行かないこと」について、また学校での過ごし方、先生、親の対応について、それぞれの学校時代の話が交わされた。

また、下記のような会話が展開された。

五味氏「動いてから考えるか考えてから動くか。理念とか考え方っていうのは、頭を使って判断していると遅れてしまう。勘で動くのがいい。体育会系がいいのよ。体が動いてから考えるっていうのがいい。それが私のやり方。
物語と真実って、そんなに分けないほうがいいんだよ。ドラマティックなドキュメンタリーがあれ、ドキュメンタリックなドラマであれ、観る側からすれば両方ともエンターティメントだもの」

監督「作為というか、400時間撮ったものを2時間に絞っていくというわけだから、選択があるわけです。現場に行ってカメラが回っている時に撮りたいものが撮れたらそれでいいという非効率的なやり方をしているのですが、作為とか真実とか物語という区分はあまりないんです。私自身が、そこで何が起きていて、お母さんたちが、この被曝の状況の中、子どもとどうしているのかな、どういうことに苦労しているのかな。その乗り越え方をみたいと思って行ったんです。でも、福島は撮影させてくれる人ってあまりいないんです。だから、ここに出ていただいた人たちは貴重な人たちなんです」

五味氏「チェルノブイリの事故は福島と違って人口密度の低いところで起きた。避難についても移動できる場所があった。ベラルーシの人たちは、歴史的背景なのか、国家と国民との関係というのが日本とは基本的に違う。国の責任なんていう習慣がないんだよ。民間が動くしかないんだよね」

監督「最初は民間で動いて保養を始めたのですが、今は国家がやっています」

五味氏「民間が動くとしょうがないから国家も動く。もしかして理想の形なんですよね」

監督「日本もそうしたらどうかと思うんです」

五味氏「そう思うよ」

監督「日本は、本来、保養を国家予算でやる財力とか経済力はあると思うんです。ベラルーシはもっと貧しい国だけど、10万人の人をもう29年も保養をやり続けているんです。もっとも国がやると強制という懸念もあるので、企業、自治体、市民のグループが一緒になって、子どもにとって自由な、行って楽しいと思える保養を展開していけたらいいんじゃないかなと思います」

監督「この事故があって、お母さんたちはどうしたらいいか最初はわからなかったけど、これしたらいいんじゃないか、あれしたらいいんじゃないかと、誰に頼むんでもなく自分で考えて動くというということをやり始めたから、そこがいいと思ったんですよ。誰かに頼るということなく、自分たちで動くということ。そこの部分の力がまだまだ眠っているんじゃないかと思っているんです」
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五味太郎さんはイランの映画が好きで、その中でもアボルファズル・ジャリリ監督の作品が好きと語っていました。またファルージャの映画祭に招かれたこともあるそうです。

『小さき声のカノン』は渋谷・シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開中
公式HP http://kamanaka.com/canon/
posted by akemi at 02:48| Comment(0) | TrackBack(0) | イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月25日

「インドの仏」展で『ゴータマという男―仏陀の生涯―』の西江孝之監督を思い出す (咲)

昨日、上田から上京してきた大学の同級生と上野の国立博物館で開催されている「インドの仏」展へ。ポスターやチケットのロゴは、どうみても「仏(ほとけ)ではなく、イム(im)に見えて笑えます。
正式には、「コルカタ・インド博物館所蔵 インドの仏 仏教美術の源流」という特別展。コルカタの博物館には1999年に行ったことがあるので、ちょっと懐かしい思い。
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インドの仏展が開催されている表慶館。建物内部も素敵です。
広いインド、地域によって仏様にも特色があって面白いです。同級生3人であぁだこうだ小声で話しながら(周りに迷惑だった?)ゆっくり観覧したら、2時間以上経ってました。すっかりお腹も空いていたけれど、実は、私の主目的はもう一つあって、東洋館で開催中の松島清江さんの蒐集した遊牧民の織物。(アジアの染織 西アジア遊牧民の染織:地下の13室で4月12日迄) これは、なんとしても観たかったので、お昼はお預け。
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松島清江さんとは、1980年代半ばに松濤美術館での展示の折に声をかけてくださったのがご縁で、何度かご自宅に伺いました。遊牧民の方たちが暮らしの中で実際に使っている織物を譲っていただくために、しばらく泊めてもらったりなど、いろいろと苦労されたことをお話してくださった松島さんを懐かしく思い出しました。
松島さん宅での出会いがきっかけで、ウィグル族のお父様と日本人のお母様から生まれた方からトルコ語を学ぶことになったり、トルコ好きの方たちと知り合ったり、私の人生に彩を与えてくださった方です。西インドを路線バスで移動中、交通事故で亡くなれたのを、思いもかけない形で知ったのも、今思えば不思議なことでした。

そして、インドの仏で思い出したのが、ドキュメンタリー映画監督の西江孝之氏のこと。
『ゴータマという男―仏陀の生涯―』という映画をインド政府の依頼で作られた方。1989年の春にチベットに旅した時に同じツアーで知り合いになり、その後、何度もお会いしたのですが、アフリカの国々を旅してくる・・・というお便りを数年前にいただいて以降、音沙汰がなくて、どうされたのかなぁ〜と。  (ご存じの方いらしたら教えてください!)
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博物館を出て、上野広小路まで桜並木を歩いておりました。まだほとんどが蕾でしたが、西郷さんの銅像があったはずの入口の3本の桜は満開! (銅像、見えなかったのですが、どうしたのでしょう・・・)  もう春はそこまで来てますね♪
posted by sakiko at 17:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月18日

帽子おじさんの初個展です☆  (千)

宣伝続いてスミマセン わーい(嬉しい顔) シネジャ最新号の編集後記にも
書きましたが 恵比寿NADiffGalleryにて 3月21日(土)から
4月24日(金)まで 宮間英次郎さんの初個展
「頭上ビックバン! 帽子おじさん宮間英次郎80歳記念大展覧会」
が開催されます。 3月21日の初日17:00〜19:00には宮間さんご本人が
都築響一さんとともにトークイベント、4月11日には畸人研究学会の
トークイベントが予定されています。
師匠・帽子おじさんに弟子入りした時の過去日記は コチラ 
7年前の春だなんて、びっくりー、、
どうぞ皆様のお越しを心よりお待ちしております☆ ナディッフ公式サイト


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posted by chie at 16:31| Comment(0) | TrackBack(0) | イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月17日

3月31(火曜日)17時よりKsシネマにて (千)

先日、関わっていた映像祭が終わり放心状態だったのも束の間
新しい展示企画に関わってしまい またバタバタと過ごしており
ガイアシンフォニー8番の記事が書けないでいます たらーっ(汗)
その前に宣伝したい映画がお一つ 『いたいふたり』 公式サイト
こちらの作品は島野千尋さんのデビュー作です ぴかぴか(新しい) 島野さんとは
宣伝マンの細谷さんを通して知り合いましたが そのほかにも
ヤマガタでお会いしたり 共通の友人知人もいて
ドキュメンタリー映画業界、狭すぎです。 このケイズシネマの
インディペンデント特集は ほかにも未公開作品が上映されるなど
面白そうです!!! 新宿 ケイズシネマ

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舞台挨拶やプレゼント企画などもあるようです☆ 詳細 アウトサイド



posted by chie at 17:53| Comment(0) | TrackBack(0) | イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今日はイラン映画『火祭り(原題Chaharshanbe Suri)』(アスガル・ファルハーディ監督)に描かれた日 (咲)

めっきり春めいてきましたが、イランが新年を迎える春分の日も、もうすぐです。
イラン暦では太陽が春分点を通過する瞬間に新年を迎えます。
今年の新年(イラン歴1394年)を迎える時間は・・・・
テヘラン 西暦2015年3月21日(土)  午前2時15分11秒
東京   西暦2015年3月21日(土) 午前7時45分11秒
天文学的に秒まで計算して発表されることに驚きます。
手帳やカレンダーにも、ちゃんと時間を掲載して売り出されます。
あちこちのWebサイトに、世界各地でノウルーズを迎える時間を掲示していたり、新年までのカウントダウンをしたりもしています。
http://www.7seen.com/  ここのページ、なかなか綺麗なのでご紹介!

という次第で、今年は真夜中に年が変わりますが、年によって、昼間になったり夕方になったりします。どんな時間であろうとも、家族皆でその時間を待ち構えてお祝いするそうです。

パナヒ監督の『白い風船』では、ラジオから新年まであと何時間何分・・・とバックにずっと流れていて、まだ明るい時に新年になります。実は、この映画を観た時に、まだ新年を迎える瞬間というのを知らなかったので、すごく不思議な感じがしました。

ちなみに、新年を迎える春分の日の前の水曜日(つまり、一年の最後の水曜日)は、アスガル・ファルハーディ監督の『火祭り』の原題である「Chaharshanbe Suri」を行う日。水曜日(Chaharshanbe)の夜(夕方に日が変わるので、日本の感覚だと、火曜日の夜)に、火の上を飛んで無病息災を願う行事です。イスラームの入る前の、ゾロアスター教の頃から続く行事だといわれていて、革命後、政府がイスラーム的でないと禁止したのですが、国民から伝統を大事にしろと文句が出て、数年前に合法化されました。日頃のうっぷんを晴らすがごとく、年々派手になって、花火や爆竹も登場するようになり、在イランの日本大使館も「外出注意」を出すほど。
パナヒ監督の『これは映画ではない』も、この日の出来事で、外では爆撃の音が・・・と、間違った解釈をしている方がいました。 

その国の事情を知らないで映画を観て誤解することはままあることですが、今回、フィルムセンターでの特集で『火祭り』を観た方がこんなことを書いていました。(一部抜粋して引用)
***
『火祭り』の後の『彼女が消えた浜辺』(09)を見た時に、語りのうまさには引き込まれながら、登場人物たちが美男美女でみんな裕福でバカンスを楽しんでいる様子がどこか引っかかった。ちょうど中国政府が推す中国映画で、いかにも中国は進んでますよと見せられる感じと近いものがあった。
『火祭り』はそれほどでもないが、それでも舞台となる家庭はかなりぜいたくだ。オートロックで外部の人間は入りにくいし(それが映画の鍵となる)、なによりその家族のアパートメントがたぶん200平米はゆうにある。
*** (引用終わり)

『火祭り』に出てくる住まいは、イランの中流階級の平均的な広さ。富裕層の家はもっと広い! イランの集合住宅でオートロックは昔から当たり前。(壊れていることもままあります!) 
『彼女が消えた浜辺』の登場人物も決して富裕層ではなく、中流階級。親戚や友達と誘い合って休暇に別荘を借りて過ごすのは、イランの人たちの普通の姿。
アジアフォーカスで上映された時にも、上映後に、登場人物は富裕層だと思ったという感想を述べた人がいました。監督は、「普通のクラスの普通の生活を描いています」と、私のインタビューの時にも明言しています。
http://www.cinemajournal.net/special/2010/about_elly/index.html

私がイランで訪れた友人たちの家も皆、広くて、絨毯を敷き詰めた部屋の片隅に食卓があって・・・という感じ。広々した絨毯の上に食布を敷いて大勢で食べたりもできる! なんといっても皆で集まるのが好きな人たちですから。(特に、革命後は外で男女一緒に騒ぐことができないので家で集まるのは気楽) カーテンや調度品なども、とてもおしゃれで、見た目にはとても優雅な暮らしに見えます。経済制裁などで、ほんとは色々大変かもしれないけれど! 
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これも広い応接間の片隅!

最初に日本で公開されたイラン映画の多くが、どちらかというと貧困層や田舎を舞台にしたものが多かったので、日本に住むイラン人たちも、「どうしてこんな映画ばっかり公開するの?」と嘆いていました。それでも、マジッド・マジディ監督の『運動靴と赤い金魚』では山の手のお屋敷も出てくるし、『すずめの唄』でも、中流家庭のアパートメントが出てきて、貧富の差を見せています。

アフマディネジャード大統領時代には、映画製作にも何かとイチャモンがついて作り難かったようです。1年間に作られたイラン映画が出品されるファジル映画祭にも、イラン人の友人いわく「クソみたいな映画しか出てこなかった」そうですが、大統領が変わって、今年のファジル映画祭では、ベテラン監督から若手監督まで、素晴らしい作品が目白押しだったとのこと。
実は上記に引用した感想を書かれた方が、「先日のベルリンでは、映画製作と国外への渡航を禁じられているジャファール・パナヒの映画が金熊賞を取ったが、イランの監督はみな危機的な状況にある。アッバス・キアロスタミもモフセン・マフマルバフもバフマン・ゴバディもみんな海外に住んで、多くは外国資本で映画を撮っている」とも書かれていたのですが、確かにそういう状況もあるけれど、イラン国内で色々と制限のある中で素晴らしい映画を作っている監督も大勢いることも知ってほしいなと思う次第です。
posted by sakiko at 11:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする