2015年08月09日
「イラン 平和と友好の映画祭 2015」 戦争で犠牲になった子どもたちの親の気持ちを感じた2日間 (咲)
昨年に引き続き第二回目の開催となった「イラン 平和と友好の映画祭」。広島・八丁座での「広島イラン愛と平和の映画祭」(8月1日〜7日/8作品)に続き、東京では8月7日(金)8日(土)の2日にわたって港区赤坂区民センターホールで行われました。
東京で上映されたのは4作品。いずれも戦争が庶民にもたらす悲劇を描き、平和を願う思いに満ちた良質の映画でした。開催直近の案内だったため、予定が入っていて来場できなかった方も多かったことと思います。予定を強引に変更して参加した映画祭の模様を、ここにお届けします。
【8月7日 金曜日】
オープニングセレモニー(16:00-17:30)
30分遅刻したため、大使や団長の方などのスピーチを聴くことができませんでした。
ちょうど化学兵器被害者の方のお話が始まるところに到着。
その方は毒ガス攻撃にあい、9回ドイツに治療のために渡るも、今も声はかすれたままで一生治る見込みはないそうです。テヘランの平和博物館に勤務されていて、「戦争中は国を守ること、今は、平和の文化を広めることが務めです」と語られました。昨年来日された化学兵器被害者の方のうち、お二人が亡くなられたとの報告もありました。涙・・・
8年間のイ・イ戦争時の化学兵器被害者数は不明ですが、今も7万人以上が後遺症に苦しんでいるとのこと。非人道的な兵器の隔絶を切に願います。それ以上に、戦争のない世界の実現ですね。
この後、壇上に6日の広島平和祈念式典に参列された化学兵器被害者の方たちや映画監督が全員並び、ひと言ずつコメントされました。
志願兵として15歳の時に毒ガス被害にあい、肺が30%しか機能していない方、元大佐で目に後遺症のある方、毒ガス被害者で、その後毒ガス研究者となられた方、前線で片足を失くした方・・・ 戦争が人生に大きな影響を与えたことをずっしりと感じました。
『大地の子』のモハマッドアリ・アーハンガル監督は初来日。日本人の優しさを感じているという監督、気候はイラン北部に似ているけれど、この数日の暑さは南部を思わせると日本に親近感を持たれた様子。
『霧と風』のモハマッドアリ・ターレビー監督は「戦争時にもイラン人の優しさは変わらなかった」とアピール。来日5回目で、日本と共同制作したこともあり親日家。
私は初来日の20年前と7年前の2度お会いしているのですが、ちょっとお痩せになって、風貌もいい意味で歳を重ねて落ち着かれた感じで、壇上で名前を語られなければわからないところでした。それなのに、後にロビーでお会いしたら、ちゃんと私のことを覚えていて、「20年前と変わらないね」とおっしゃってくださいました。(お世辞とわかっていても嬉しい♪)
それにしても、この後上映される『母ギーラーネ』のラクシャン・バニエッテマド監督やショーレ・ゴルパリアンさんの姿が見えないのが気になりました。
◆『母ギーラーネ』 上映17:30〜
監督:ラクシャン・バニエッテマド 2005年/84分
2005年のアジアフォーカス・福岡映画祭で上映された後、一般公開もされた作品。
イラク西部の村の街道沿いに住むギーラーネ。1988年、息子は婚約者を残してイラン・イラク戦争に出兵する。15年後、2003年3月20日、イランの大晦日の日。化学兵器の被害にあい寝たきりで苦しむ息子を、年老いて腰の曲がった母ギーラーネが面倒をみている。テレビでは、米国がバグダード空爆を始めたとの報に続き、各国で反戦デモが起きているとのニュース。「世間はイランのことは見捨てたのに」と、ぽつりとつぶやく息子。
前半、1988年のイ・イ戦争当時、お産の為に実家に帰っていた娘メイゴルがテヘランにいる夫と連絡が取れないため、ギーラーネと共にテヘランに探しにいく場面があります。これも、道中、お正月に飾る金魚を買っていて、15年後と同じ時期だと気がつきました。
2度か3度観ている映画ですが、10年ぶりに観て、新鮮な発見がいろいろとありました。
上映が終って、いよいよ女性監督第一人者のラクシャン・バニエッテマド監督にお会いできる!と思ったら、広島で取材が入ったとのことで予定変更。来場されませんでした。がっかり〜
【8月8日 土曜日】
◆『霧と風』 上映:13:30〜
監督:モハマッドアリ・ターレビー 2011年/75分
イラクとの戦争で山あいの祖父のいる村に父に連れられ疎開してきた少女ショカと弟サハンド。父は前線に近いアフワーズの町に仕事のため戻ってしまう。爆撃のショックで声を失ったサハンドは村でガチョウと出会い心の安らぎを得る。ある日、サハンドの姿がみえなくなる・・・
アフワーズ付近の沙漠で天然ガスがメラメラ燃え、石油パイプラインの走る光景から一転して、山あいの村。女性たちの民族衣装が素晴らしい。
上映後のQ&Aの折に、ロケ地を尋ねてみました。村の一つは、西部のマスジェデ・ソレイマーン近くの山あいのバフティヤリー族の村。もう一つは、カスピ海に近いギーラーン州のターレーシュ族の村。民族衣装を世界の人たちに見せたいと、監督が一つ一つ衣装を選んだそうです。
子どもたちが戦争でメンタル的に影響を受ける様子を丁寧に描いた作品。静かに戦争の愚かさが伝わってきました。
監督は、少年時代から日本映画をよく観ていて、黒澤、小津、溝口といった日本の監督の影響を強く受けたといいます。明日帰国するまでに、時間があれば、小津先生のお墓参りをしたいと語っていました。実現できたでしょうか・・・
◆『大地の子』 上映:17:05〜
監督:モハマッドアリ・アーハンガル 2007年/90分
イラク国境に近いクルドの町。ミナは国境の向こうにいる夫をイランに連れ戻したいと身重のクルド女性ゴナの道案内で地雷原を避けながら山道をいく。クルドの女性たちは生活のために兵士の遺体を探しては当局に売っていて、ミナもクルドの服装で運び屋を装っての国境越えだ。やがてミナは夫を見たことがあるという女性に出会う・・・
骨になった遺体を命がけで運んで金にすることに衝撃を受けました。上映後のQ&Aで伺ったところ、実際に監督が現地に行って知った事実だそうです。イラクから何度も遺体を運んだあげくにテロで殺された女性もいるそうです。貧しい地域ゆえの悲哀です。
イラク兵かイラン兵か、何も証拠になるものがない場合の見分け方に思わず感心しました。骨太で黒いのがイラク兵、やせ気味で白いのがイラン兵。ランニングシャツを着ているのはイラク兵。イラン人は着ないのだそう。 そして、襟元に詩が書かれていた遺体があって、さすがに詩の国イラン!と、唸りました。
会場のイラン女性から、「兄が戦争で犠牲になりました。遺体が見つからない家族の気持ちがよく伝わってくる映画でした」との感想が寄せられました。
思えば、日本でも、戦死という紙切れ一枚がお骨の箱に入って戻ってきた方が大勢いましたね・・・
さて、本作、身重のクルド女性を演じたのは、クルドではなくアゼリー(トルコ系)の女性。迫力ある演技で圧倒されたのですが、言葉もクルドのある地域の方言をマスターして、クルドの人たちが絶賛していたそうです。
アーハンガル監督も、ターレビー監督同様、黒澤、小津、溝口、小林監督などに大きな影響を受けたと語りました。「日本に来てびっくりしたのは、今の日本人が神たちの映画を知らないことでした」とおっしゃって、是非観てほしい映画として、『赤ひげ』『乱』『東京物語』の3本をあげられました。
◆『が家のお客様』 上映:17:55〜
監督:モハマッドメディー・アスガルプール 2014年/102分
中庭に池のある古い一軒家に住む老夫婦。戦争の後遺症を抱えて入院している息子レザを無理矢理家に連れ帰る。翌日は老夫婦の結婚記念日。夜中、娘と双子の息子たちがやってきて、来客のために家を隅々まできれいにする・・・・
戦争で子どもが犠牲になった親の気持ちが、しみじみと伝わってくる作品でした。
もっと語りたいのですが、ぜひ公開してほしい映画で、ネタバレになるといけないので、このあたりでやめておきます。
上映後、司会のイラン人の方が登壇。(写真左の方。この写真は『霧と風』の時のもの)
「嬉しいことに、この映画の監督は来日されませんでした。来日していたら、あと30分皆さんを会場にお引き留めするところでした」とおっしゃって、会場から笑いがこぼれました。司会に通訳にと活躍され、長い質問には、「すみません、あがってしまって頭が真っ白になりました。もう一度」とおっしゃる場面も。ほんとにお疲れさまでした。(ハステナバーシード!)
中身の濃い映画祭で、開催してくださったことに、ほんとうに感謝です。
入場無料なのに、残念ながら大入り満員とはいきませんでした。
ぜひ、来年は早めのお知らせを期待したいです。
「イラン 平和と友好の映画祭 2015」
主催:在京イラン・イスラム共和国大使館
後援:NPO法人モースト
協力:一般財団法人港区国際交流協会