2015年09月06日

“忘れ去られる人たち”パレスチナ・イラク・シリアの人々に思いを馳せた日 (咲)

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9月5日、早稲田大学で開催された「― 女性ジャーナリストによる報告と座談会 ― “忘れ去られる人たち”パレスチナ・イラク・シリアを伝える」に参加してきました。
主催:早稲田大学ジャーナリズム研究所
共催:アジアプレス・インターナショナル、古居みずえドキュメンタリー映画支援の会

最初に行われた古居みずえさん(ジャーナリスト、ドキュメンタリー映画監督、アジアプレス所属)のパレスチナ報告には、自宅で待機しなければいけない用事があって間に合わず悔しい思い。古居みずえさんには、『ガーダ パレスチナの詩』(2005年)公開の折にインタビューさせていただき、67号に掲載しています。今回は、『ぼくたちは見た ガザ・サムニ家の子どもたち』(2011年)以降のガザの様子、というより、昨年のイスラエルによるガザ攻撃の実態を知りたかったのですが・・・ 

ちょうど玉本英子さん(ジャーナリスト、アジアプレス所属)のイラク・シリア報告が始まった時に到着。IS(イスラム国)の侵攻している地域を防弾チョッキを着て取材する玉本さんの映像は時々揺れています。スナイパーの直撃を避ける為には、常に動いているのがコツだとか。そこまでして前線を取材するのは、前線といわれている場所でも、庶民の普通の生活があることを知ってほしいから。銃撃の音の聞える中、女性たちが料理をし、子どもが遊んでいる姿を・・・ そして、ことごとく家が破壊され、人々が死に、お墓も作りきれない状況に言葉を失います。

報告の後、稲垣えみ子さん(朝日新聞記者)の司会で、古居みずえさん、玉本英子さんを交えた座談会が開かれました。稲垣えみ子さんは、朝日新聞に入社して28年。主として社会部に所属していて海外にはほとんど無縁。そんな彼女だからこその、一般の聴衆にもわかりやすい座談会となりました。
古居さんも玉本さんも、前線の取材はもちろん怖いけれど、爆撃のある場に少しでも近づいて庶民の思いを伝えたいと強調されました。長く取材を続けてこられたのも、現地の人たちが優しく受け入れてくれたから。先の見えない絶望的な状況におかれている中で外国人女性ジャーナリストをもてなす人々のことを、私たちは忘れてはならないと思いました。でも、「私たちにできることは?日本の進むべき道は?」の問いに、玉本さんは、「中東の人にとって日本は遠い東洋のはずれの小さな国。彼らのことに首を突っ込む必要もない」と答え、古居さんも「日本が今のまま平和国家であってほしい」と締め括られました。

ここ数日、テレビではシリアからの難民の人たちがブダペスト駅で大量に留め置かれていることや、船で辿りついたクルドの少年の死が報道されていますが、日本ではまだまだ報道されることの少ない中東の実情。古居さんや玉本さんから、絶望的なパレスチナ、イラク、シリアの現状を突き付けられ、いろいろなことを考えさせられた報告会でした。(詳細をうまく報告できないのが歯がゆいですが・・・)

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なお、古居みずえさんは、現在、『飯舘村の母ちゃんたち』を製作中。原発事故で避難を余儀なくされた飯館村の酪農家の女性たちのことを追ったドキュメンタリー。なんとか完成させたいと頑張っておられます。
posted by sakiko at 10:30| Comment(0) | TrackBack(0) | イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月03日

トルコ映画『シーヴァス 王子さまになりたかった少年と負け犬だった闘犬の物語』 素敵なカアン・ミュジデジ監督にインタビュー(咲)  

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昨年の東京国際映画祭で『闘犬シーヴァス』のタイトルで上映された作品が、『シーヴァス 王子さまになりたかった少年と負け犬だった闘犬の物語』のタイトルで、10月中旬からユーロ スペース他にて全国縦断ロードショーが決まりました。公開を前に、カアン・ミュジデジ監督が来日。8月31日、お話を聴く機会をいただきました。
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眼光鋭い素敵な監督を前に、ちょっとどきまぎ。
映画の感想や自分のことを話し過ぎて、肝心の質問があまりできませんでした。反省!
あっという間に時間が来てしまって、「ネシェット・エルタシュへの思いもお聞きしたかったのに残念です(注:映画の最後に「ネシェット・エルタシュに捧ぐ」とありました)」と申しあげたら、「話してもいいですか」と、堰を切ったように熱を込めて語ってくださいました。
「トルコ中部アナトリアの哲学者で、この地域で得た経験や観察したことなどから哲学が出来上がっていきました。彼の哲学の土台は、人間の希望と愛です。私がこの映画を彼に捧げたのではなく、映画そのものがネシェット・エルタシュのものです」
もっともっと語りたかったご様子。あ〜最初にこの質問をすればよかった!
ところで、プレス資料には、「この映画は、2012年に亡くなったトルコの国民的歌手ネスト・エルダスに捧げられている」とありました。(Neşet Ertaşの名前の表記がちょっと違うのではと)
調べてみたら、民族楽器バーラマ(サズ)の弾き語りをする吟遊詩人でした。監督が歌手ではなく、哲学者とおっしゃった意味がわかりました。
Neşet Ertaş, (1938年 Çiçekdağı, Kırşehir生まれ, 2012年 İzmir没)
映画の最後に流れる「hata benim (悪いのは私だ)」を、もう一度聞いて、監督の思いを噛みしめてみたいと思いました。
インタビューの全容は後日特別記事でお届けします。

公式サイト:http://sivas.jp/
posted by sakiko at 11:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 取材 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする