2015年11月25日

東京フィルメックス カザフスタンの女性監督作品『わたしの坊や』 チャンスは今晩11/25 21:15 もう一度!(咲)

毎年楽しみにしている東京フィルメックス。
今年は私の地域(って中東)の映画が『タクシー』位でちょっと寂しいなと思っていたのですが、始まってみれば、これまで観た作品、どれも面白くて、やっぱりあなどれません。
3日目の昨日、林加奈子さん(東京フィルメックス・ディレクター)にやっとお会いできて、「どれも面白いですね」とお声をかけたら、「そうでしょう! 今年もすごいんです!」と力説されました。
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林加奈子さんとジャンナ・イサバエヴァ監督

一番最初に観た『タクシー』については、語りたいことがたくさんあるので、後回しにして、取り急ぎ、今晩 21:15からもう一度上映のある『わたしの坊や』のことをちょっと。
カザフスタンのジャンナ・イサバエヴァ監督の作品。
5歳の時に交通事故で母は即死。本人も命は取りとめたが重傷を負い、その後遺症からか手術しなければ余命数ヶ月と宣告された少年の物語。手術費用が用意できず、飲酒運転で母を死に至らしめた警官、そして、警官から金を貰って、結果警官を無罪にした父親に怒りをぶつけます。
この父親も、元々は漁業を営んでいたのに、アラル海が干上がってしまって仕事をなくした犠牲者。廃船が虚しく乾いた大地にたたずんでいます。
母との思い出の場面は、赤い花が咲き乱れる緑の大地。そこに流れてくる唄は、原題にもなっている”Bopem”というカザフスタンで親しまれている子守唄。
少年が復讐に走るとチラシにあって、ちょっと暗そう・・・と引いていたのですが、母の愛情をたっぷり感じることができて、決してすさんだだけではない余韻の映画でした。
Q&Aの詳細は公式サイトで!
http://filmex.net/2015/news/daily-news/bopem

21:15からの上映ですが、78分の短い映画です。ぜひお出かけください。(咲)
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2015年11月20日

シネジャ95号編集を終えて、晩秋の金沢を楽しんできました (咲)

11日、95号の最終編集日。
東京国際映画祭など積み残しの原稿を、なんとか書き上げてSさん宅へ。
原稿の最終点検をしなくてはいけないのに、久しぶりに顔を合わせると、ついついおしゃべり花が咲いてしまいます。
13日に無事入稿し、来週半ばには定期購読の皆様のお手元にお届けできる予定です。

やっと原稿から解放されて、14日から2泊3日で金沢へ。
14日、家を5時前に出て、9時に黒部宇奈月温泉駅で大学の同級生たちと集合。
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冨山電鉄で宇奈月温泉へ行き、そこからトロッコ電車に。宇奈月温泉は紅葉真っ盛り。エメラルドグリーンの水面に紅葉が映えて、息をのむ美しさでした。 『黒部の太陽』(1968年)をちょうど最近放映していて、この美しい景色の中で工事に携わった方たちは大変な思いをされたのだなぁ〜と。
宇奈月温泉から終点の欅平までは約1時間20分。残念ながら到着したら土砂降りの雨に。散策は諦め、男性軍は富山ブラックラーメン(魚醤ベース)を、私は白エビ天そばを食して、また1時間20分かけて戻りました。(トロッコに乗ってランチしに行った結果に!)

夜は金沢の海の幸に舌鼓。
実は、8月末にホテルを取ろうとしたら満室! 翌日が金沢マラソンなのでした。ほかの同級生はすでにホテルを押さえていたので、私は苦肉の策で冨山のホテルを予約。でも、出発前日にキャンセルが出て、無事金沢に泊まれることに。(紆余曲折、大変でした・・・)

で、15日。記念すべき第一回金沢マラソンなのに、朝から雨・・・ ホテルのエレベーターで会ったゼッケンを付けた男の子に、「雨で残念ですね」と声をかけたら、「ほんとは走りたくないです」と正直な答えが。
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8時前の尾山神社には、マラソンに参加する人たちがお参りする姿も。

マラソンスタートの9時に、スタート地点すぐ近くの尾山神社にいたので、姿は見えないながら開会宣言は聞えてきました。一段と雨がどしゃぶりになって、ほんとに気の毒でした。
このあと、兼六園に行ったら、意外と人が少ない! 思えば、マラソン客でホテルが満室だから一般の観光客が少なかったのではと。
兼六園の蓮池門そばの三芳庵で昼食後、西の茶屋町を散策して金沢駅に戻り、3時には解散。

一人で金沢にもう1泊。マラソンが終わって金沢はごった返していたので、富山に行ってみました。(大人の休日倶楽部限定の北陸フリー切符でした!)
冨山出身のシネジャのKさんに、「これから富山にいきます」とメールしたら、さっそくいろいろ情報を送ってくれました。ありがたや〜
かつて北前船で賑わった岩瀬町へはライトレール、富山城には路面電車と、冨山は鉄道好きの私にとってワンダーランド! もう真っ暗でしたが、なんのその。

15日 朝7時。兼六園の蓮池門で小中学校同級生の玲子さんと待ち合わせ。彼女は金沢城大手門すぐ近くにお住まい。新幹線開通以来、とにかくはんぱじゃない観光客。兼六園に行くなら、早朝の無料入場できる時間帯がお奨めと教えてくださったのです。(季節によって時間帯が変わります。今は、6時から。 8時の開場時間15分前には退出)
前日にも、兼六園はくまなく回ったつもりだったけど、さすが、毎日散歩している玲子さん、素敵なみどころをたくさん教えてくださいました。

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まずは定番のショット
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栄螺山(さざえやま)から、霞ヶ池の全景!

玲子さんのご自宅で美味しいホットサンドの朝食をいただいたあと、さらに玲子さんの“庭”を案内していただきました。
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金沢城の城壁が借景の玉泉院丸庭園
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四高記念公園
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しいのき迎賓館(旧石川県庁) 大きなしいのきが2本あるのですが、2本撮れる位置から撮り忘れました。
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しいのき迎賓館 入って正面にある石川県地図(蒔絵に沈金)と玲子さん
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白鳥路(彫刻が点在。こちらは金沢の3人の作家たち。さて誰でしょう?)

ランチは、ちょっと町はずれのイタリアンで野菜たっぷりの美味しいパスタ。
車で東の茶屋町に送っていただいてお別れ。
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観光客で賑わう東の茶屋街(以前は東の郭と言ってましたね)から、静かな主計町の茶屋街を通って、近江市場へ。どうやら2万歩位歩いたらしいです。 
玲子さんのお蔭でとっておきの素敵な金沢の旅になりました。
余韻に浸っているうちに1週間!
もう明日からは東京フィルメックスです。
また映画三昧の日々・・・
posted by sakiko at 09:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月03日

山形国際ドキュメンタリー、東京国際映画祭、怒涛の3週間が終わりました (暁)

一昨日10月31日、第28回東京国際映画祭の授賞式が終わり、怒涛の3週間の一区切り。
10月8日から15日まで、初めて「山形国際ドキュメンタリー映画祭2015」に行き、17日にシネマジャーナル95号の第1回編集。山形の原稿をまとめる間もなく、22日から31日までは東京国際映画祭。怒涛の3週間でしたが、昨日からまた95号の原稿書き作業に。
山形国際ドキュメンタリー映画祭は、第1回から行ってみたかったのだけど、シネマジャーナル本誌編集日の直前に行われる映画祭ということで、なかなか行くことができないでいました。でも、最近、東京近辺の映画祭で、中国語圏の映画上映がほとんどなく、中国語映画渇望症になっていた私は、今回、山形で「ドキュメンタリーに見る現代台湾の光と影」という特集があることを知り、無謀にもこの映画祭行きを決行してしまいました(笑)。パソコンを持っていけば、少しは原稿を書けるかもしれないという、淡い希望を持っていたのですが、毎日帰りが遅く、映画と映画の間も時間があまりなく、結局、原稿進まずでしたが、いろいろな出会いや発見があり、本誌の編集間際に行われる映画祭だけど、また行ってみたいなと思って帰ってきました。
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山形国際ドキュメンタリー映画祭2015受賞者たち

オープニングの時に隣に座った方が、偶然にも名古屋でシネマジャーナルを置いてくれているTheater Cafeの方で、さっそく映画が終わった後、お仲間と一緒に飲みに行きました(笑)。その飲み屋で隣の席に座っていたのが香港から『革命まで』という作品を持ってきたクルーでした。これは、2013年、民主的な選挙を求めて道路を占拠した、雨傘革命に至る過程を記録した作品。この作品の郭達俊(クォック・タッチュン)、江瓊珠(コン・キンチュー)監督にインタビューしました。この記事はシネマジャーナル95号に掲載予定。
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江瓊珠(左)、郭達俊(右)監督

また、2014年、中台サービス貿易協定の撤回を求めて学生たちが台湾立法院に突入し議場を占拠した時の模様を多くの独立映像製作者が参加して、様々な角度から占拠を包括的に捉えた作品『太陽花(ひまわり)占拠』も上映され、『革命まで』と2作品の大ディスカッションが行われました。
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『太陽花(ひまわり)占拠』、『革命まで』のスタッフたち

山形には6日間行き、3日間が「ドキュメンタリーに見る現代台湾の光と影」特集、あとの3日間でその他の作品という配分でした。9日に観たのは是枝裕和監督が22年前に作ったTVドキュメンタリー「侯孝賢とエドワード・ヤン」。私はこの番組があったことを知らなかったけど、侯孝賢監督の『戯夢人生』公開前にTV放映されたらしい。今回知って「そうだったのか」というエピソードがいくつもあり、22年後の新発見という感じ。
その次に観たのが『あの頃、この時』(楊力州/ヤン・リーチョウ監督)。これは1962年に創設された台湾金馬奨の50年を記念して、映画から見る戦後台湾を描いた作品でした。金馬の名の由来は、金門島と馬祖島の頭文字を合わせたものというのに驚いた。当時、両島は台湾と中国対立の最前線で、映画文化の発展の目的以外に、反共の意味が含まれていたという。さらに、蒋介石総統の誕生日に行われていて、誕生祝いの意味もあったのだとか。その後、台湾映画以外に香港映画も含まれ、また、中国やシンガポールなどの映画も対象になり、今や中華圏を網羅した映画賞になりました。台湾の映画人ばかりでなく、香港や中国の監督や俳優なども出演し、台湾映画史を短時間で復習したという感じでした。
この2作品を観ただけでも、この映画祭に来て良かったと大満足。
この日は6本の作品を観たが、最後は周美玲(ゼロ・チョウ)、劉芸后(ホホ・リュウ)監督が2001年に作った『コーナーズ』。台湾の同性愛者たちを描いた作品です。『花様〜たゆたう想い〜』で二人にインタビューしていたので、後でインタビュー記事を掲載したシネマジャーナル89号を渡すと大喜び。
シネマジャーナルHP 『花様〜たゆたう想い〜』インタビュー記事
http://www.cinemajournal.net/special/2013/kayou/index.html

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左 周美玲、右 劉芸后監督

台湾ドキュメンタリー2日目の10日は5本の作品を観たが、以前上映され、シネマジャーナル66号に掲載されていた 『無米楽』の上映があり、この作品がずっと気になっていたので、観ることができて来た甲斐がありました。 この日は台湾の映画に詳しいIさんが東京から来て、映画が終わってからお仲間とともに飲みに。この時に知り合った小林美恵子さんがシネマジャーナルの読者ということがわかり、その後3日間、映画が終わると食事に行くことに。彼女は今年「中国語圏映画、この10年」という本を出しました。私はまだ読んでいないのですが、95号の編集が終わったらさっそく読んで紹介したいと思います。
http://athird.cart.fc2.com/ca3/118/
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小林美恵子著「中国語圏映画、この10年」

今回、印象に残ったのは台湾の老兵たちのことを描いた作品。
『陳才根と隣人たち』呉乙峰(ウー・イフォン)監督/1996、『河北台北』李念修(リ・ニェンシウ)監督/2015の2作品を観た。蒋介石、国民党とともに中国大陸から台湾にやってきた外省人の人たち。この2作品は、いつか大陸にもどるという思いで生きている外省人たちのことを描いている。
東京国際映画祭で上映された王童(ワン・トン)監督の『風の中の家族』も、大陸から台湾にやってきた人たちのことを描いていたが、日本でも台湾でも、その世代の人たちはすでに80代以上がほとんど。波乱万丈の生涯を送った人たちの記憶が忘れ去られてしまわないようにという思いが伝わってきた。
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『風の中の家族』王童監督

去年の中国映画週間は、東京国際映画祭より3日早く始まったのでけっこう作品鑑賞ができたけど、今年は東京国際映画祭ともろバッティングしていて4本しか観ることができなかった。たくさん観たい作品があったのに残念。でもその分、今年の東京国際映画祭では中国映画がずいぶんあり、しっかり観ることができた。
また、去年亡くなった呉天明(ウ・ティエンミン)監督の古い作品『標識のない河の流れ』『古井戸』も観ることができました。
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『古井戸』 右 リュウ・リーピンさん、左 ウー・ヤンヤンさん(呉天明監督の娘)

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第28回東京国際映画祭受賞者たち

この3週間で、たくさんの中国語圏の作品を観ることができ、大満足の怒涛の日々でした。
そうこうしているうちに今日は東京フィルメックスのチケット販売日。秋は次から次に映画祭が目白押し。どんな作品が上映されるのか調べるのに追われる。これが終わったら、今度こそシネマジャーナル95号の原稿をまとめなくちゃ。(暁)










posted by akemi at 04:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画祭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月02日

東京国際映画祭 歌舞伎座スペシャルナイト ジョン・ウー監督の微笑みにほっこりさせられたSAMURAI賞授賞式  (咲)

10月26日(月)17:30〜
去年に引き続き、今年も歌舞伎座とのコラボ企画で「歌舞伎座スペシャルナイト」が開催されました。普段は高くて、なかなか行けない歌舞伎座。去年とても素敵な体験ができたので、今年も何を差し置いてもと参加。運良く、1階席正面2列目に陣取ることができました。
第一部は、片岡愛之助さんによる舞踊「雨の五郎」。蛇の目傘を持っての踊りは、隈取の顔の表情もばっちり見えました。舞台右手に長唄の、唄方(うたかた)と三味線方(しゃみせんかた)が5名ずつ、左手に太鼓などの鳴り物が5名。外国の方にも、歌舞伎の世界を目と耳で楽しんでいただける演目でした。
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後のフォトセッションの時に、愛之助さんが、「歌舞伎は1階でそばから観るだけでなくて、3階席から全体を眺めるのも面白い。今は英語のイヤホンガイドもありますので、言葉のわからない外国人にも理解していただけます」とアピール。
実は、父が歌舞伎座のイヤホンガイドが始まった時に解説を担当していたのですが、今年11月で、日本語イヤホンガイドも40周年。もうそんなに経ったのかとびっくりです。日本人にも歌舞伎をより深く理解するのにイヤホンガイドは役立ちます。(と言いながら、耳元がちょっとうっとうしいかなぁ)

30分の幕間をはさんで、第二部はSAMURAI賞授賞式。
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今年2回目となるSAMURAI賞は、「サムライ」のごとく、時代を切り開く革新的な映画を発信してきた映画人の功績を称える賞。今年の受賞者は、山田洋次監督と香港のジョン・ウー監督。
まずは山田洋次監督作品の名シーンの数々が映し出されたあと、山田洋次監督より、「第一回の東京国際映画祭に『幸せの黄色いハンカチ』で参加。28年の歳月に驚きます。サムライ賞という素晴らしい賞は光栄ですが、私の映画は勇ましいものではなくて、お隣にいるジョン・ウー監督にこそサムライという名はふさわしいです」と称賛しました。
次に、ジョン・ウー監督作品の名シーン集。『男たちの晩歌』『狼/男たちの挽歌・最終章』などの懐かしいシーンに、胸が熱くなります。
「愛と人間性にあふれた映画を作り続けてきた山田洋次監督と共に受賞できたことは名誉でエキサイティング。60年代、勉強を始めた頃、日本の偉大な映画監督や脚本家にインスパイアされ、今もインスパイアされ続けています。私は受賞にあたるほど貢献していませんが、賞を与えてくださったことに感謝して、一生懸命これからも全人生を映画に捧げたいと思います」と謙遜するジョン・ウー監督でした。通訳はお馴染みの周先生。

ここで、受賞した二人にゲストが駆け付けました。
まずは、ジョン・ウー監督に、「るろうに剣心」シリーズの大友啓史監督が花束を贈呈。
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「17年前、NHK時代に留学していたロサンゼルスのチャイナマーケットで、大量に買い物されていたジョン・ウー監督に“大ファンです”とお声をかけました。その時に、“監督やるなら、まずしっかり脚本を書いたほうがいいですよ”とアドバイスを受けました」と大友監督。司会の羽鳥アナウンサーより、「今の大友監督にアドバイスするなら?」と聞かれ、「ひたすら映画を撮ってください。期待しています」とジョン・ウー監督。
昨夜、興奮してジョン・ウー監督作品を5本観たという大友監督。「ちょっとでも追いつけるよう頑張ります」

次に、山田洋次監督には、12月12日公開の最新作『母と暮せば』主演の吉永小百合さんが花束贈呈。山田監督作品5作目の出演。「私にとっては山田学校の校長先生であると共に人生の師。撮影の合間に渥美清さんとの思い出など楽しいお話をしてくださって、そのひとつひとつが心に残っています。映画の世界にいて良かった。監督の価値観についていけるよう、いつまでも山田学校の生徒でありたいと思います」と小百合さん。
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これに対して、山田監督は、「吉永小百合さんと一緒にいると、大事なことをちゃんと言わなくちゃいけない、嘘ついちゃいけないと、一生懸命いいことを言っちゃうんです」と大いに照れていました。

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ジョン・ウー監督も、隣でずっと微笑まれていて、サムライという勇ましさより、人間味溢れる優しさに溢れたSAMURAI賞授賞式でした。

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2015年11月01日

東京国際映画祭 『FOUJITA』世界初上映の華麗な舞台挨拶 (咲)

東京国際映画祭は終わってしまって、いまさらですが、引き続き印象に残ったことを日を追ってお届けします。

26日 10:50からの『カランダールの雪』P&I上映が中止になって、がっくり〜
(お蔭で、個別取材も諦めることになろうとは!)
時間が空いてしまったので、せっかくだからとフィリピン映画『お里帰り』を観てみました。世界一周を達成したのはマゼランではなく、マラッカ出身の奴隷エンリケであると主張するドキュ=ドラマというので、興味津々。だったのですが、1980年代から35年以上にわたって撮影された作品で、話があっちに飛び、こっちに飛びで、もう支離滅裂。いったいこの映画、どう着地するのかと気になったのですが、あと10分で終わるという時に、『FOUJITA』舞台挨拶の為に退出。

13:50 『FOUJITA』ワールドプレミア 舞台挨拶
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MCの矢田部さんより「小栗監督10年ぶりの新作は、フランスとの合作で描いた知られざるFOUJITAの人生」と紹介の後、小栗康平監督(脚本・製作も)と、主演のオダギリジョーさんと中谷美紀さん、そして、プロデューサー日本側の井上和子さんと、フランス側のクローディー・オサールさんが登壇。

オダギリジョー:世界初上映。大きなスクリーンで観るのにふさわしい美しい映画になっています。楽しんでください。

中谷美紀:昨年、東京国際映画祭のミューズ。自分の出演作でコンペティションに出たいという夢がさっそく叶いました。寸分の隙もない絵画のような作品です。オダギリジョーさんの美しいたたずまい、そして、セクシーな面も楽しんでください。

小栗監督:構想から3年。プロデューサー二人と出会い、主役の二人と出会い、初めての合作に挑みました。いわゆる伝記映画ではなく、1920年代のエコール・ド・パリといわれた華やかな時代と、1940年代の戦争中の日本をまたぐように生きたFOUJITAを描きました。

クローディー:明るい賑やかな時代のパリの街角の雰囲気が消えてきているので、郊外なども探して撮影場所を提案しました。オダギリさんはフランス語もお上手。ほんとに素敵なストーリーです。

井上:オダギリジョーさんのFOUJITAは素晴らしい。見事です。主役に得て幸せです。
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一言ずつ挨拶が終わって、10月29日に70歳のお誕生日を迎える小栗監督に主役の二人から花束贈呈。中谷美紀さんが、監督に頬を寄せてキス。
「中谷さんから監督にチューしてあげてといわれたのですが、無理でしょ」とオダギリ・ジョー。「してあげてくださいよ」と中谷美紀。
「オッサンがオッサンにチューは無理でしょ」

小栗監督から「戦後70年の意識はあるんですが、自分が70歳という意識は全然なくて・・・。ありがとう」と謝辞。

これから上映される『FOUJITA』に、大いに期待が高まる舞台挨拶でした。
私も後日拝見。監督がいわゆる伝記映画でないとおっしゃったことがよくわかりました。
映画のラスト、たたずまいの美しい小さな教会の装飾画には、ちゃっかりFOUJITAの自画像が。まさにオダギリジョーの演じたFOUJITAでした。
posted by sakiko at 12:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画祭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする