2016年11月06日

東京国際映画祭 『誕生のゆくえ』にイランの住宅事情の今をみる (咲) 

コンペティション
◆誕生のゆくえ
監督:モーセン・アブドルワハブ  2016年、イラン

舞台女優のパリと社会派映画監督のファルハード。一人息子のキアンは、幼馴染のゴリに告白したいと、初恋の年頃だ。そんな夫婦に予期せぬ二人目が出来る。経済的に無理だし、パリには主役の話もある。夫婦は非合法の中絶に臨む決意をする。だが、女医を前に、妻は急に思いなおす・・・

社会派映画監督では収入も少なく家賃も滞りがち。内金を払っている新築マンションも次の支払いをしないとキャンセルされてしまう状況で、とても二人目は無理と夫は諦めています。一方、妻は主役を諦めてでも二人目を産みたいと決意し、ヤズドにある実家に帰ってしまいます。実家は、中庭形式の伝統家屋で、大家族で住める邸宅。子どもが生まれれば、親にみてもらうことも可能なことを感じさせてくれます。
テヘランの家は、少し家賃の安い半地下の部屋。インテリアはお洒落で、いかにもイランの中流家庭らしい雰囲気。息子のキアンは、上の階に住む大家の老人と仲良しで、パリも食事を届けたりして、近所づきあいも程よい感じなのが垣間見られます。
そんなご近所との絆も、高層マンションに移れば、薄くなってしまうのでは・・・と、日本がかつて歩んだ道をイランも歩むのかと案じてしまいます。人のあたたかさが、なんといってもイランの良さ。住宅事情の変化と共に、それが薄れないで欲しいと、この映画を観ていて、思わず願ってしまいました。

記者会見
 (10/31)
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モーセン・アブドルワハブ(監督)、エルハム・コルダ(女優)、アリ・アスガル・ヤグゥビ(エグゼクティブ・プロデューサー)

「中絶を物語の核にしたのは、どこの世界にもある普遍的な問題だから。イランでは法律的にも宗教的にも禁止されていますが、合法的に中絶できる国であっても、宿った子を堕すかどうかは家族の問題」と監督。
プロデューサーのヤグゥビさんも、「中絶はグローバルな問題なので取り上げた」と語った上で、28日の上映後、Q&Aの折に、ポーランドの女性からカトリックで中絶を禁止されているポーランドでの上映予定は?と聞かれたことを受け、無償でポーランドの各町で上映すると、記者会見でもアピールしました。

エルハムさんからは、「同世代の女性は、子どもよりも仕事をとる人が多いと感じています。また、イランで子育てをしたくないので、ヨーロッパや北米に移住して子育てする人もいます」という言葉も飛び出しました。

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記者会見の後、個別インタビューの時間をいただきましたが、諸事情でわずか15分になってしまい、私自身の心の準備不足もあって、あまりいい質問ができませんでした。

モーセン・アブドルワハブ監督は、イランの女性監督の草分けバニーエテマッド監督との共同監督で『ギーラーネ』を撮っていることもあり、女性をみる眼差しが一味違うように感じます。本作でも、妻のパリに勇気ある決断をさせています。そんなことも話題にしたかったのですが・・・

パリを演じたエルハム・コルダさんは、3年前に池袋での公演のために来日したこともある舞台女優として活躍している方。「今の一瞬が大事。仕事をしている今に満足しています」と、きっぱりおっしゃったのが印象的でした。
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東京国際映画祭  中国映画『ミスター・ノー・プロブレム』 処世術の上手い男にあっぱれ (咲)

コンペティション
◆ミスター・ノー・プロブレム 
監督:メイ・フォン  2016年、中国

1943年、重慶郊外の大農園。ディンは主任として雇われて1年。農園を仕切る一方で、第3夫人の麻雀の相手などもしている。収穫はあるのに赤字続きだ。賃料を稼ごうと自称芸術家のチンを空き部屋に住まわせる。農園所有者の旦那は、ディンでは黒字にできないと格下げし、外国帰りの男を主任に据える・・・

第三夫人のご機嫌を取りながら、取り巻きを上手く使って切り盛りするディン主任に、呆れるやら、驚くやら。一時はクビになりそうになりながら、後釜の主任を追い出してしまうとは!
モノクロームの美しい映像で、一昔前の中国映画を観ているような懐かしさがありました。

ロウ・イエ監督の脚本家として名高いメイ・フォンの初監督作で、原作は、魯迅と並ぶ中国近代文学の巨匠、老舎の短編小説。

記者会見 (10/2)
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メイ・フォン監督(左から3人目)
「北京電影学院の若手教員と学生によるプロジェクトの一環で2年前から企画し、老舎の没後50周年に当たる本年に完成し、記念碑的作品になりました。日中戦争の最中で、政府が南京から重慶に移った時代ですが、原作に忠実に戦争の気配のない桃源郷のような大農園の暮らしを描きました」

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ファン・ウェイ
「演じたディン主任は、搾取する人なのか?との問いがありますが、赤字続きの農園で彼なりに一生懸命尽している人物だと思います」

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シー・イーホン
「10歳から芸を学んでいる京劇の女優ですので、チーパオ(チャイナドレス)を着ての演技は慣れています。第三夫人は原作にはない人物なのですが、監督が書いてくださいました」
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東京国際映画祭  トルコ映画『ビッグ・ビッグ・ワールド』  レハ・エルデム監督の映像美 (咲)

コンペティション
◆ビッグ・ビッグ・ワールド   
監督:レハ・エルデム  2016年、トルコ

身寄りのないアリと妹のズハル。孤児院から抜け出すためアリは罪を犯し、妹を連れ森に逃げる。アリが働きに出ている間、ズハルは蛇や狼の潜む森で一人過ごすが、襲ってくるのは人間だった・・・

9本の長編作品すべてが東京国際映画祭で上映されているトルコのレハ・エルデム監督。
かつて『時間と風』が上映された時、前作のスピード感のある『ラン・フォー・マネー』とあまりにも対照的なゆったりとした時の流れに、同じ監督の作品?と驚きました。エルデム監督にお伺いしたら、毎回違うテイストで作りたいとおっしゃっていました。
その言葉の通り、その後に作られた映画も、毎回、描かれるトーンが違います。でも、その底に流れるのは、自然と人との共生。そして、自分探しをする主人公たち。

記者会見 (10/31)
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レハ・エルデム監督(右)と、オメル・アタイさん(プロデューサー/プロダクション・デザイナー)が登壇。
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レハ・エルデム監督(右)
「森は大きな危険のあるところです。でも、ほんとに複雑な問題は大都市にある。帰属性を確かめるものがないことへの恐怖は、今の世界の状況ではないかと思います」

オメル・アタイさん(左)
「これまでの9作品を共に作ってきましたが、いつも興奮させられます。映画を作る喜びと感動があります」

アリを演じたのは、監督が通りで見つけてきた少年。純粋にエネルギーを秘めた顔に惹かれ抜擢。(美少年でした!) 才能があって、役柄をよく理解して演じてくれたと絶賛。妹ズハル役は、俳優として教育を受けているプロの役者。実年齢23〜4歳ですが、少年よりちゃんと若く見える顔立ち。
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東京国際映画祭 『パリ、ピガール広場』 ニヒルな主演レダ・カテブにうっとり(咲)

コンペティション
◆パリ、ピガール広場
監督:アメ、エクエ   2016年、フランス

仮出所したナセルは、兄の経営するピガール地区にあるバーを手伝うが、昔の仲間を集めて大騒ぎし、兄との関係はぎくしゃくする。投資家を名乗るアフリカ出身の男から、店を買い取って自身で経営する話を持ちかけられるが騙されてしまう・・・

アラブ系、アフリカ系など、移民のうずまくパリ、ピガール地区。猥雑な歓楽街でもある。
ラップユニットとして、メッセージを発しているアメとエクエの二人が、ピガール地区の人間模様を描いた初監督作品。なんとか貧しさから脱け出そうとする人たちの姿がリアルに描かれている。這い上がろうとする人を騙す者もいれば、救う者もいる。

記者会見 (10/29)
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アメ(モハメド・ブロクバ)監督、エクエ・ラビティ監督、レダ・カテブ(俳優)、ブノア・ダヌー(プロデューサー)

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ナセルを演じたアルジェリア系のレダ・カテブの存在感に圧倒されました。
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東京国際映画祭 イスラエル映画『エヴァ』、戦争で生き別れになった人々に思いを馳せる(咲)

「アジアの未来」部門
◆エヴァ   
監督:ハイム・タバックマン   2016年 イスラエル

ヨエルは、長年連れ添った妻エヴァが自分に内緒で貧しい地区にヨエル名義で家を買っていたことを知る。訪ねてみると、そこでは妻エヴァが見知らぬ男と親しげにしている。男はいったい誰なのか? ヨエルは、友人に連れていかれたキブツでポーランド出身のエヴァと知り合った頃のことを振りかえる。言葉の通じない二人の出会いだった・・・

エヴァが別の家に住まわせていたのは、浮気相手ではなく、元々結婚していた男。戦争で引き裂かれ、その後、ホロコーストを生き抜いた元夫は妻も生きていて、別の男ヨエルと結婚したことを知ります。「君(ヨエル)にはオレンジの匂いがする。君はここ(イスラエル)で生まれた。だからエヴァを奪えなかった」と元夫はヨエルに告げます。元妻に安定した暮らしをしてほしいと思う気持ちにホロリ。

記者会見 (10/28)
ハイム・タバックマン監督、アヴィ・クシュニールさん(俳優)、ロネン・ペン・タルさん(プロデューサー)、ダヴィッド・シルバーさん(プロデューサー)、アクセル・シュネッパトさん(撮影監督)の5人が登壇。
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ハイム・タバックマン監督(写真 右端)
「イスラエルでは、亡くなったと思っていた家族や配偶者が、実は生きていたという事例が多くあります。この物語は、シナリオを最初に書いた脚本家の家族に起こった出来事を元に描かれています」

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ヨエルを演じたアヴィ・クシュニール
「私はイスラエルで生まれました。子どもの頃、近くに強制収容所を生き抜いた女性がいて、いつも怒って、何かに怯えているようでした。子ども心になぜかわからなくて、親に尋ねると、その人についてしゃべってはいけないと言われました。演じるにあたり、妻に裏切られた人、相手の行動が理解できない人を思い描きました」
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東京国際映画祭 ロシアの美しい夫妻が作り上げた 『天才バレエダンサーの皮肉な運命』 (咲)

観客賞間違いなしとの評判に、『外出禁止令のあとで』を観るのをやめて観てみました。
無冠に終りましたが、ぜひ公開してほしい刺激的で美的感覚溢れる作品。

コンペティション
◆天才バレエダンサーの皮肉な運命
監督:アンナ・マティソン 2016年 ロシア

アレクセイ・テムニコフは、若い頃、天才バレエダンサーとして名を馳せたが、公演中に倒れ、ダンサーとしてのキャリアに終止符を打った。20年後の現在、モスクワ近郊のクリンでバレエ教室を営むアレクセイ。傲慢な性格で、周りとの軋轢が絶えない。自分の子を身篭った女性と結婚を決めた矢先、マリインスキー劇場から舞台演出の依頼がくる・・・

実在のバレエダンサーの生涯かと思わせる作りに、すっかり騙されました。チャイコフスキーが晩年暮らしていたクリンや、マリインスキー劇場のあるサンクトペテルブルグの美しい風景をたっぷり楽しみました。自己チューで冷淡なアレクセイがだんだん愛おしくなってくるから不思議。

記者会見 (10/2)
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アンナ・マティソン監督と、アレクセイを演じた人気俳優セルゲイ・ベズルコフが登壇。監督は、女優かモデルのように華奢で美しい方。映画にも登場するマリインスキー劇場の舞台監督や美術なども手掛けているそうです。
「演出の仕事が舞い込んだとたん、婚約者も生まれてくる子も見捨てて芸術の道に走るアレクセイに共感しましたか?」との問いに、「監督は実は私の妻。彼女から答えます」とセルゲイに紹介された監督。
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「ほんとの夫の性格は、アレクセイと正反対。役に成りきります。共感しなければならないとしたら、監督である私のほう。天才は普通の枠を超えて判断しないとなりません」と語りました。
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それに続けてセルゲイは「アレクセイと私の一番の違いは、家庭を大事にすること。妻は4ヶ月前に出産したばかり。今回、4ヶ月の娘も連れてきました」と満面の笑み。素敵なカップルでした。
posted by sakiko at 08:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画祭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする