2016年12月23日

一家4世代でハウステンボスの旅 〜戦争中、特攻艇の訓練をした大村湾に思いを馳せる父〜  (咲)

この19日〜21日の3日間、父、妹、姪、姪の息子(小学校2年生)の一家4世代でハウステンボスと長崎に行ってきました。
妹が、震災復興割でハウステンボスのパスポートも付いた激安ツアーを見つけてくれたのですが、何より喜んだのは父でした。戦争中、海軍に所属し震洋という特攻艇の訓練をしていたのが、長崎の大村湾。訓練所のあった川棚はハウステンボスのすぐ隣の町。4年前に一緒にその訓練所跡を訪ねたことがあるのですが、また大村湾を訪ねる機会ができて感無量のようでした。
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長崎空港に着き、船でハウステンボスへ。7ヶ月間にわたって魚雷艇を乗り回していた大村湾を船で行くのは格別の思いがあるようでした。そも、空港のある島自体、訓練中に目標としてよく使ったところだそう。曾孫に一生懸命説明する父。
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ハウステンボスの一番高いタワーの上からの眺め。いくつかの入り江の向こうが父のいた川棚。ハウステンボスのあるところには、海兵団があったそうで、こんなお洒落な場所になるとは思いもよらなかったと!

父の海軍時代のことは、戦後70年特集を組んだシネジャ94号で、“『筑波海軍航空隊』に父を思う”という記事に書いたことがあります。
父は話し好きなので、小さい頃から海軍時代のこともよく聞かされてきたのですが、94号の記事を書くにあたって、父にあらためて色々聞きました。今回の旅の間にもまた、これまでに聞いたことのなかった話を聞くことができました。
今や東京から2時間で飛んで行ける長崎。横須賀にあった武山海兵団から、任地・川棚へは、長崎行きの列車の後部に専用車を連結して300名が大船から乗車。途中の駅で面会に来た家族たちからの差し入れの食べ物が飛び交ったそうです。父も、大阪で義兄と小さな甥たちが会いにきて、デッキで話している内に列車が発車。義兄たちは神戸まで一緒に行ったとか。大船を夕方に出て、2夜を列車で過ごし、2日後の早朝に川棚に着いたそうです。隔世の感があります。
家族面会指定日に母親が疎開先から訪ねてきてくれたのですが、皇族の方が慰問に来られ、面会日が一日先延ばしになり、面会にきた母親たちは嬉野温泉に泊まりにいったという話も。もしかしたら、息子との今生の別れになるかもしれない面会日。母親たちは、どんな思いだったでしょう。

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ハウステンボスのイルミネーションを観ながら、ほんとに平和な時代に私たちは育って、それだけで幸せだと思いました。でも、世界の各地で、今も戦争に巻き込まれている人たちが大勢いることを忘れてはならないですね。

長崎の写真もちょっと!
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長崎・出島で、飽きもせずじっと説明をみる姪の息子。真面目で探究心の強い性格。「いったい誰に似たのかしらね」と言いながら、「あ、曾爺ちゃんか」と妹。

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グラバー邸で曾孫と一緒で嬉しそうな父。
posted by sakiko at 22:13| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ゲリン監督来日記念「ゲリン・アカデミー」開講!! (千)

ホセ・ルイス・ゲリン監督の『ミューズ・アカデミー』が来年1月7日から公開。来日したゲリン監督のトーク・イベント「ゲリン・アカデミー」に参加させていただきました(トークの前にゲリン監督の未公開短編作品『尾道の記憶』の特別上映)2016年9月にリニューアルOPENした東京都写真美術館のスタジオにて開催、スタジオはほぼ満席。ストーカーみたいな映画をつくるひとだから(失礼)もっとオタクなイメージを持っていたのですが、想像してた人物像とは違って、のっぽさんみたいなステキな監督でした。

2017年1月7日(土)〜 ホセ・ルイス・ゲリン監督特集上映
『ミューズとゲリン』 ゲリン監督来日記念「ゲリン・アカデミー」開講

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(C)P.C. GUERIN & ORFEO FILMS


日時:2016年11月17日(木)19時〜
場所:東京都写真美術館1Fスタジオ
登壇者:ホセ・ルイス・ゲリン監督、月永理絵さん(聞き手:映画酒場編集室)
比嘉 世津子さん(通訳)

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司会:この短編はどういうきっかけで…?

監督:何か考えていたわけではなく、たまたまPCに『東京物語』の映像が入っていて。尾道に向かう列車の中で、車窓の風景とこれを組み合わせてみたらどうか、と思ったんです。実際にそのとき自分が撮っている電車のスピードと、映画で残してくれたもの… 笠智衆さんや原節子さんが映っているわけですが…それがピッタリ合って、どんどん感情が高まりました。

司会:この作品は、2012年『シルビアのいる街で』公開時に開催されたゲリン監督の特集上映を記念して来日された時のものだと思うんですが、尾道の他には何処か行かれましたか…?

監督:この時のことはよく覚えていませんが… 最初にお願いしたのは、良寛さん縁の地へ行きたいと。それから鴨長明や小津監督『浮草物語』に関する場所。そして今回は松尾芭蕉の縁の地へ行きましたが、芭蕉の場合3回ぐらいに分けないと廻りきれませんね(笑)松尾芭蕉も自分が尊敬する人たちの跡を辿って諸国を巡っていたわけです。そして”場所の記憶”というものを信じていました。私もそれを信じていますので、芭蕉とは兄弟愛のような、何かでつながっているような感じがします。

司会:小津監督も俳句をされていて、映画の編集は連句をつくるようにやれば簡単だ、というようなことをおっしゃったと伺いましたが

監督:小津監督の隠れた俳句が密かに発表されることを期待しますが…

司会:自筆の原稿が少し残っていたかと…

監督:小津監督は自分をアーティストとは言わず、常に謙虚であり、前に出ることがなかったのですが、それでも誇り高い作品をつくりました。ベネチアでの話ですがホテルの部屋から奇妙な匂いの煙が漂ってきて、大騒ぎになったことがあって、それは溝口健二監督と主演女優が最優秀作品賞を取るためのお祈りの儀式をやっていたと。そのおかげで彼らは受賞しましたが(笑)、そういうことを小津監督は決してやらないと思います(笑)

司会:小津監督をほんとうに敬愛されていますが、好きな小津作品は…?

監督:『生まれてはみたけれど』『晩春』『お早よう』『秋刀魚の味』『宗方姉妹』『麦秋』… 小津監督の作品はすべて好きです。ひとつだけドキュメンタリー作品があるんですが、他の作品に比べてそれだけはちょっと…

司会:女優さんでは…

監督:いつも言ってますが、原節子は私の妻であり母であり妹であると思っています。小津映画の中で彼女がどんどん成長していく姿を見ました。小津監督作品が他の日本の映画監督作品と違うのは、まるで家族のように同じ人たちで構成されているということです。

司会:ゲリンさんの作品にも魅力的な女優がたくさん登場しますが、最初の作品『ベルタのモチーフ』でエリック・ロメール監督映画の常連女優アリエル・ドンバールを起用したのは… どういったオファーを?

監督:若い頃は非常に無邪気で… 気に入った女優に手紙を書いて映画に出てくれないか、と。ハイ、と返事が来たので出てもらいました。同じ頃パリに行って、電話番号があったのでブレッソンの家に電話して、今から行ってもいいかと訊いたら、いいよ、と言うので行ったこともあります(笑)外国の女優が必要だったということと、彼女が一本監督したものにモノクロ作品があって、私もその時モノクロで撮ろうと思っていたので、きっと彼女とは上手くいく、一緒に闘えると思いました。初めての作品で、彼女はギャラを要求しませんでした。私がロメールを尊敬していたというのも大きな理由です。当時22歳で、たいへん若かったな、と思います。みなさんが初めて私の作品を観る時は、どうかこれではないようにと祈っております(笑)

司会:後に短編『思い出』にも出演している、ベルタ役のシルビア・グラシアは…

監督:彼女は本物の女優ではないのですが、目線、目力に非常に特徴があって、そこに惹かれました。彼女は特に美しいわけでもありませんが、不思議なことに写真では効かない美しさが、映画では彼女の目線に現れて、たいへん魅力がありました。そういう内なるリズム、呼吸のリズムが表に現れてくる、そういう魅力を持っている人しか映画では輝かないと思います。

司会:映画の中で描く基準として、目というのが非常に大事だと…

監督:もちろんそうです。私の中では、フォトジェニックという言葉をまだ使いたいと思うのですが、今は、モデルのように単に綺麗で写りが良いという意味で使われますが、私はちょっと違う意味で使いたいと思っています。それは映画のカメラの前に立った瞬間、それがその場のすべてのモラルに変わってしまうような、すべてを制するような…カメラを捕らえて離さない魅力が、フォトジェニックだと思っています。それはその時の顔の表情かもしれないし、”氣”かもしれない。写真とは違って、映画の中のフォトジェニックとは標準的な美しさ、単なる美しさではないと言いたいのです。

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司会:写真と映画は違うということですが、『シルビアのいる街の写真』は実際に街で撮った写真を使った作品で、『シルビアのいる街で』は俳優を使った映画になっていますが… この二作品については…?

監督:私は人物の写真に興味があって… たとえば二つの写真を並べて見る時に、一枚目から二枚目を見るまでの間、その欠落した部分を埋めるのは見る人、観客です。その欠落した部分とは、時間の経過であったりするのですが、それを埋めていく作業は、観客にとっても映画をつくる側にとっても、たいへん貴重なものです。西洋の素描、デッサンに似ているかもしれません。非常に少ない線で描かれていて、その足りない部分を見る人が埋めていく… 日本の版画や日本画にも共通しているかもしれません。映画のデッサンを描くということも好きなのです。この二作品は音楽の違うバージョンのようなものです。若い男性が女性を追い求めるというところだけは同じですが、そこから派生したまったく違う別の作品です。二作品とも観ていただけるなら、ぜひ、『シルビアのいる街で』を先に観ていただきたいですが…

司会:新作の『ミューズ・アカデミー』について伺いたいのですが… フィクションとドキュメンタリーとの境界線がわからなくなるような作品です。監督自身、これはフィクションだとおっしゃっていますが、こういう作品になると想定して撮り始めたのでしょうか?

監督:みなさんまだ観ていないのに何かを言うのは心苦しいですし… フィクションかドキュメンタリーかということも、ぜひ、みなさんの目で観て感じていただきたいと思います。ただ、これはワーキング・プログレス…つまり撮りながらつくっていった作品です。先に脚本があったわけではなく、みんなの即興の会話を作品化していったのです。


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司会:出演しているみなさんは女優さんなのですか?

監督:とても良い女優さんたちですが、プロではありません。言葉で人を惹きつける力を醸し出す…その能力がたいへん高い人たちばかりでした。私が一人で撮影し、私の他には録音技師が一人いただけです。それ以外でその場にいたのは、プロではないけれど、自らダイアローグを醸し出してくれる女優たちでした。

司会:プロの女優さんとそうではない人たちとの演出方法の違いは…?

監督:プロであろうがなかろうが、それは同じです。役者も人間です。プロでもそうでなくても、ステレオタイプに”演じる”ということに私は興味がなく、そのいちばん人間らしい部分、その内なる真実をいつも引き出したいのです。いわゆるアクターズ・スタジオから出たような、マーロン・ブランドとかロバート・デ・ニーロとかローレンス・オリビエとかいった人たちは、とても良い役者さんたちですが、絶対に自分の内側は見せません。なので好きではありません(笑)私が好きなのは笠智衆です。彼は演じていても、自分の人間性という、非常に深いところにあるものをさらけ出しています。私はそういう内側を見せてくれる俳優が好きです。

司会:大学で先生をされているということですが、どのようなことを…?

監督:私は映画人であり、外から見たら映画について教えているということかもしれませんが、教える側だと思ったことはなく、同じ映画人として同じ目線で、一緒に短編をつくったりしています。ワークショップの中で短編をつくり、いろんなところで上映したりしているので、少しは映画に貢献できたかと…。『工事中』という作品はドキュメンタリーの学生たちと一緒に撮った作品で、私の映画の中ではいちばん観客が入って、みんなに知られた作品です。

観客:原節子さんの訃報を知って、いかがでしたか?

監督:がっくりしました。日本に来るたびに北鎌倉に行って、バッタリ会うのをいつも期待していました。できれば抱きしめて、妻であり母であり妹になってくれてありがとうと言いたかった。その可能性がなくなって、北鎌倉から足が遠のくでしょう。

司会:初めての小津作品は…?

監督:スペインでは当時、『東京物語』しか観ることができなかったのですが… たぶん18歳の時だと思います。でもそれはあまり問題ではなく、その後1990年に開催されたレトロスペクティブで全作品を二回ずつ観ました。それで小津監督と原節子さんへの思いが決定的になりました。小津監督は映画を撮るに連れてどんどん成長していった監督だと思います。単に一本一本の監督ではなく、私の中では小津監督は映画人、シネアストであって、それは一連の作品に対するものです。これは写真家にも言えることですが、一枚だけ見ても判断できません。一連の作品を見るとこういう写真家なんだとわかるようになります。映画も同じです。

観客:最新作にはミューズが出てくるということですが、異性である女性を描くときに心がけていることは…?

監督:この作品に出てくるのはミューズじゃなくて、生身の女性たちです。『シルビアのいる街で』では、どんな女性であるかというような人物像はほとんど描かれておらず、女性の存在だけが描かれていますが、『ミューズ・アカデミー』では生身の女性としか言いようのないものが出ています。ヨーロッパの文学の中では、ミューズは芸術的なインスピレーションを与えてくれる女性ということになっています。たとえそれが古い感覚であったとしても、男性女性かかわらず、ものをつくる人にとって、その原動力になるものが何か必ずあるはずです。それが”他者”です。それは女性かもしれないし、風景かもしれない。誰か知らない人、知らないことが自分にとってのミューズになるかもしれない。それは、白い紙があって… そこに何かを書かなければならない、という衝動に駆られるような他者です。『影の列車』という映画をつくったことがあるんですが、それは、なぜ彼女はああいう目線をするのだろうか?ということを解明するためだけにつくったものです。それが何だったかというのは、秘密です。映画のテーマというのは別にあるんですが、映画をつくる原動力になるのは自分の個人的な神秘というか、なぜだかわからないが突き動かされる… そういうものです。

司会:最後にこれから監督の作品をご覧になるみなさんにひとことお願いします。

監督:この映画には詩や詩人の名前がたくさん出てきますが、まず、そこで引かないでください(笑)テーマは別にあり、文学というのはひとつの言い訳です。テーマになってくるのは人と人との関係、力関係であるとか人を操ること、誘惑、嫉妬など… 私の中には常に人に対する好奇心があります… ドモアリガト(拍手)

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ゲリン・アカデミーを終えて

ゲリン監督の話はとてもおもしろく、人柄含め、全体的な印象も好感度が高かったです。日本のことや小津作品のこともたいへんよく理解してくれて、なんか日本人として?… うれしかったりして。小津監督のドキュメンタリー作品って、何のことか最後までわからなかったのですが… まさかヴェンダースの『東京画』のこと??? ゲリン監督ファンになりそうだっちゃー! (せ)

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(C)P.C. GUERIN & ORFEO FILMS


★2017年1月7日(土)〜1月29日(日) 東京都写真美術館ホールにて
ホセ・ルイス・ゲリン監督最新作『ミューズ・アカデミー』
ホセ・ルイス・ゲリン監督特集上映「ミューズとゲリン」公開!!
公式サイト



取材協力 せこ三平



posted by chie at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 取材 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする