2019年12月31日

横浜で50年前に思いを馳せた日 そして今年最後の映画『葛根廟事件の証言』 (咲)

数の子の塩抜きも終わり、黒豆がやわらかくなるのを見守りながら、12月の日記 第三部です。

12月20日(金)神戸から幼馴染のM子さんが上京。
ちょうどこの日の夜、 イラン文化センター(イラン・イスラム共和国大使館文化参事室)主催で冬至を祝う催し「シャベ・ヤルダー」が開かれるのでお誘いしました。会場はスクエア荏原ひらつかホール。始まる前に、戸越銀座の長い商店街の途中で見つけたインド料理屋で、遅いランチ。
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冬至の催しは6時半開始。会場には、イラン人の家族連れが半分、イランに興味のある日本人が半分。100人位いたでしょうか。
冬至の夜、イランでは西瓜やザクロなど赤い果物やナッツを家族で囲んで、詩を詠んだり、おしゃべりしたりして過ごします。そんな雰囲気を味わえた催しでした。
シャベ・ヤルダーを説明する動画上映、ハーフェズの詩の朗読、伝統音楽の演奏、功労者として鈴木均さんの表彰など盛りだくさん。最後に、軽食をいただきながら懇談。(私は遅いランチでお腹いっぱい! あ〜残念!) 事前予約不要の催しなので、イラン文化センターの担当者の方は、どれくらい用意すればいいか不安だったそうですが、軽食やお菓子は充分皆さんに行き渡り、ほっとされていました。
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12月21日(土)
横浜ユーラシア文化館のサウジアラビア展に行く予定にしていたら、高校の同級生から忘年会に声をかけていただいたので、一石二鳥で横浜へ。

展示の正式名称は、
横浜ユーラシア文化館企画展
サウジアラビア、オアシスに生きる女性たちの50年
―「みられる私」より「みる私」
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1960年代末、文化人類学者の片倉もとこさんがサウジアラビア西部のオアシスの村で行った長期調査の記録。半世紀後の追跡調査も対比させ、50年経って、様変わりしたのがよくわかる展示でした。
片倉もとこさんのインタビュ―映像もあって、もとこさんの賑やかな笑い声を思い出しました。「主人がサウジアラビアに赴任が決まって、周りは心配したけど、私はラッキーでした」と語っておられました。そうでなければ、単身でサウジアラビアには入れなかったでしょう。そして、女性だからこそ女性の取材もできたので、さらにラッキ―だったと思います。

顔まで覆い隠す女性の黒いベールに、「不自由な生活を送っている」というイメージを抱きがちですが、片倉もとこさんはベールによって女性が「みられる私」から主体的に「みる私」になれるとおっしゃっていたとのこと。
私も顔をすべて覆う真っ黒なベールを被ってみたことがあるのですが、中からは思いのほか外がよく見えました。見ている人からは、ベールの中の顔は見えないので、気が楽。お化粧をしてなくても大丈夫! ぼろ隠しにもなります。とはいえ、女性だけになれば、ベールは脱ぐので、身だしなみはやっぱり大事。

4時から浅間下(といっても横浜です)で、高校の同級生たちと忘年会。
50年前の高校時代にもどって、わいわいがやがや。
(片倉もとこさんがフィールドワークしていた頃、私は高校生だったのでした!)
修学旅行の時の写真をタブレットに取り込んで持ってきた人がいて、ジャニーズ並みの美少年に、これ誰?と。それが、目の前にいる人だったりで、皆で大いに笑いました。
気がついたら、8時! お店のオーナーが高校の同級生なので、ついつい時間気にせず長居してしまいました。話は尽きず、楽しい時間はあっという間に過ぎました。

12月26日(木)この日で、都内に出るのは年内最後。
スクリーンで観る今年最後の映画は、ミッキーさんお薦めの『葛根廟事件の証言』(田上龍一監督)に決定! 池袋シネマ・ロサで、朝10時半から。お昼には板橋に行く用事があったので、好都合。

23日にシネスイッチ銀座で、やはりミッキーさんお薦めの『私のちいさなお葬式』(ウラジミール・コット監督/ロシア)を観たのですが、その時に気になって貰ってきたチラシが『葛根廟事件の証言』でした。
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終戦前日の1945年8月14日に、旧満州から引き揚げ途中の日本人一行が、興安総省の葛根廟付近で、旧ソ連軍の戦車隊の襲撃にあい、1,000人以上が殺された事件。犠牲になったのは、ほとんどが女性や子ども。5年前に事件のことを知った田上監督が数少ない生き残りの方たちを訪ねて証言を集めて映画にしたもの。

旧満州で暮らしていた日本人の方たちの悲劇は数多く聞いてきましたが、経験者の言葉は、やはり胸に突き刺さります。
当時を知る人たちがどんどんあの世に旅立っていく中、証言を集めるのは時間との勝負。満州に限らず、各地での状況をきちんと記録することは、日本が二度と戦争に突き進まないために必要だと感じます。

映画が終わって、ロビーにいらした田上監督に、次々に皆さんお礼の声をかけていました。私も少しお話することができました。
シネマロサでの上映は、27日で終了しましたが、今後、各地で上映を考えているとのことでした。
公式サイトでどうぞチェックを!

さて、今年もあと2時間ほどになってしまいました。
どうぞ良いお年をお迎えください。
そして、来年もどうそよろしくお願いします。


追記:妹が注文してくれたおせち3段重も無事届き、数の子と黒豆もできたけれど、お煮しめや二色なますをこれから作らなくては・・・ 汗

posted by sakiko at 21:57| Comment(0) | 日々のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ホルムズ島を舞台にした映画『レインボーアイランド』上映会 (12/14)  (咲)

12月14日(土)日本イラン文化交流協会主催で、『レインボーアイランド』上映会を開きました。会場は白金台のミーリーコレクション。素敵なペルシア絨毯に囲まれての会。

上映前にミーリーコレクションのソレマニエさんにホルムズ島のことや映画について、お話していただきました。

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The Rainbow Island 原題:Jazireh rangin
2015年、イラン、103分
監督・脚本:Khosrow Sinai
音楽:Loris Tjeknavorian
撮影:Ali Loghmani
プロデューサー:Farabi Cinema Foundation

ホスロー・スィナイー監督は、もうすぐ80歳。革命前にドキュメンタリーをたくさん作っていた方。奥様はハンガリー人。

ソレマニエさんが、アーティストのアフマド・ナダリアンさんに誘われてホルムズ島を訪れたときに、ちょうど映画の撮影中で、ソレマニエさんと奥様で画家の千葉さんも一場面で登場することになったとのこと。そんなご縁で、この映画を鑑賞する機会を設けた次第です。

ホルムズ島は、ペルシア湾のホルムズ海峡にあるイランの島。要衝の地にあって、16世紀(1515年)にポルトガルが占領。奴隷貿易の拠点にされていたことから、色の黒いアフリカがルーツの人たちが今も住んでいます。ケニーズ(女奴隷の意)という名前にも、奴隷貿易の名残が見られます。
1622年、サファヴィー朝のアッバース1世の時、イギリス東インド会社の援助を受けてホルムズ島を取り戻しました。

ナダリアンさんは、世界の各地で自然環境をテーマにした作品を作って、川や海に投げるという活動をしているアーティスト。ホルムズ島はイランの中で最も貧しい島。収入源は、デーツや魚介類。島に肉屋はなく、島の人たちは魚や海老を食べているのですが、せっかく取れる貝類やイカ、タコはイスラームの教えでは禁忌。(あ〜もったいない!)
あまりに貧しく、麻薬がはびこり、刑務所に収監されている人も多いことに心を痛めたナダリアンさんが目をつけたのが、島の様々な美しい色の土。50色近くあるそうです。
美術館や民宿を作り、カラフルな色の土で売れるアート製品作りを村の人たちに指導するという活動をされています。その理由を島の人たちになかなか理解してもらえなかったのですが、ようやく少しずつわかってもらえるようになったそうです。

映画は、外からやってきたアーティスト役のみがプロの俳優。
あとは、すべて島の人たちなので、ほぼドキュメンタリー。
女性たちがカラフルなズボンを穿いているのですが、亡くなると海に流す習慣があるそうです。
夏は50度以上になるという過酷な島ですが、土の色の美しさは格別です。ほかで観られない光景を映画で垣間見ることができたひと時でした。


★なお、ナダリアンさんには、2012年10月8日に日本でご講演いただいたことがあります。

posted by sakiko at 11:51| Comment(0) | 日々のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

イラン・日本国交90周年の2019年 後半のベストは『淪落の人』

平成から令和に変わった2019年も、あっという間に大晦日。
年越ししないうちに、12月の出来事で、日記に書き留めておきたかったことを3つにわけてお届けします!

12月3日(火)夜 イラン大使館で、イラン・日本国交90周年を締めくくるレセプション。
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かつて在日イラン大使だったアラグチ外務次官と嬉しい再会♪
(ロウハニ大統領の親書を持っての来日でした)
会場で日本・アフガニスタン協会理事の松浪邦子さんとお会いし、渡航禁止のアフガニスタンに行きたいという方からの問い合わせがあって困るという話が出たのですが、翌日4日、長年アフガニスタンの人たちのために尽力されていた中村哲医師が銃撃されてお亡くなりになるという悲報が飛び込んできました。
まさに崇高という言葉がふさわしい中村哲さん。ご冥福をお祈りします。

12月7日(土) 午前10時から、イラン大使館で日本のイラン研究に関するシンポジウム。日本人研究者の方の発表も、すべてペルシア語。ふぅ〜 12時過ぎには終わって、軽食をいただいて終了。
早く終わったので、8日まで開催されている大嘗宮一般参観へ。
入場は、日比谷公園に近い坂下門からのみ。手前で手荷物検査。「飲み物をお持ちでしたら、一口飲んでください」と言われました。なるほど!
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乾通り経由で、大嘗宮が建てられている本丸へ。大きく迂回しないと近づけない仕組みになっていて、この日の万歩計は、2万歩近くになりました。

12月9日(月)香港映画『淪落の人』の試写。
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アンソニー・ウォン(黄秋生)演じる下半身不随になった一人暮らしの男性とフィリピン女性の家政婦の物語。彼女の写真家になりたいという夢を叶えてあげるという心温まる物語。ちょっと出来過ぎの感もありますが、秋生ちゃんだから許しちゃいます。
『八仙飯店之人肉焼飽』(1993年)を思うと、ずいぶん女性に優しくなったものです。(って、役柄だってば!)
今年前期の私のベストは、『あなたの名前を呼べたなら』(原題:Sir)だったのですが、後期のベストは、『淪落の人』に決定! 
(ただし、公開は2020年2月1日予定 公式サイト

『あなたの名前を呼べたなら』では、旦那さまが「Sirじゃなくて、名前で呼んで」というのに、なかなか名前で呼べません。
『淪落の人』では、名前で呼んでと言われ、家政婦は旦那様を名前で呼んでいたのに、ある事があって、「Sirと呼べ!」という場面があるのです。
どちらも雇用主が家政婦の夢を手助けする話。対になる映画です。
いずれも女性監督の初長編作品。

実は、3日にアンソニー・ウォンの舞台挨拶付きのプレミア上映会があったのですが、イラン大使館のレセプションと重なってしまったので涙を飲みました。
アンソニーの肉声、聴きたかった!
取材に行ったASIAN CROSSINGのアジコさんから、満席の客席には古くからの香港映画ファンの方たちを見かけたと聞きました。懐かしい人にも会えたかもと、ますます残念でした。


posted by sakiko at 10:15| Comment(0) | 日々のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする