c 2020 FiLMOSA Production All rights
台湾映画『親愛なる君へ』
莫子儀(モー・ズーイー)が同性愛者の主人公を演じているということだけしか知らずに拝見。映画が始まって程なく、低い山に囲まれた港町が映り、あ、基隆!と、もう感無量でした。
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基隆は、私の母が7歳から終戦の年までの10年間を過ごした町。外国航路の船長をしていた祖父が家族と常に暮らせるようにと見つけたのが、基隆港での水先案内人の仕事でした。基隆は、深い入り江になっていて、天然の良港。祖父は水先案内人として、来港した大型船を迎えるたびにコーヒーを振舞われ、胃を荒らしてしまったらしく、おそらくそれがもとで戦争の終わる少し前に亡くなってしまいました。母と祖母はすぐにでも神戸の家に帰りたかったようですが、戦況悪化で沖縄を経由して本土に戻るのはとても無理。敗戦後、台湾に住む日本人は引き揚げることになり、祖母は早々に9月初めの引揚船に乗れるように手配。祖父が水先案内人だったことから伝手があったようです。祖母があんなに急がなければ、もっとゆっくり荷物の整理ができたのにと母によく聞かされました。
日本に持ち帰れるのは、一人行李一つ。大急ぎで必要なものをまとめて、暑いのに服や靴下は何枚も重ねて身に着けたそうです。内地は甘いものが不足しているらしいと、砂糖をお土産にと缶に入れたのですが、砂糖の入った行李を船に積む時にクレーンが海に落としてしまい、砂糖は塩になってしまったのよと後々まで嘆いていました。
一人っ子だった母は、祖父にとても可愛がられたようです。休みの日に、基隆の港の入り口付近の岩場に釣りに連れていってもらったこと、台湾は果物が豊富だから昼食は果物だけにしようと言ったものの数日しか続かなかったこと、戦争が終わったら世界一周の船旅に連れていってあげると言っていたことなど、ほんとによく聞かされました。母は子ども心に、内地での暮らしが懐かしくて、りんごやみかんが届くのが楽しみだったとか。また、祖母が露店の食べ物は不衛生だからと、台湾の美味しいソウルフードを食べさせてもらえなかったそうです。
さて、映画『親愛なる君へ』。
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*まずは物語を公式サイトより*
老婦・シウユーの介護と、その孫のヨウユーの面倒をひとりで見る青年・ジエンイー。
血のつながりもなく、ただの間借り人のはずのジエンイーがそこまで尽くすのは、ふたりが今は亡き同性パートナーの家族だからだ。
彼が暮らした家で生活し、彼が愛した家族を愛することが、ジエンイーにとって彼を想い続け、自分の人生の中で彼が生き続ける唯一の方法であり、彼への何よりの弔いになると感じていたからだ。
しかしある日、シウユーが急死してしまう。
病気の療養中だったとはいえ、その死因を巡り、ジエンイーは周囲から不審の目で見られるようになる。
警察の捜査によって不利な証拠が次々に見つかり、終いには裁判にかけられてしまう。
だが弁解は一切せずに、なすがままに罪を受け入れようとするジエンイー。
それはすべて、愛する“家族”を守りたい一心で選択したことだった…
監督・脚本:チェン・ヨウジエ(鄭有傑)
監修:ヤン・ヤーチェ
出演:モー・ズーイー、ヤオ・チュエンヤオ、チェン・シューファン、バイ・ルンイン
2020年/台湾/カラー/106分/シネマスコープ/5.1ch/華語・台湾語
原題:親愛的房客/英題:Dear Tenant
配給:エスピーオー、フィルモット
配給: エスピーオー、フィルモット
★2021年7月23日(金・祝) シネマート新宿・心斎橋ほか全国順次公開
シネジャ作品紹介
今は亡き同性パートナーの弟は、借金から逃げて上海に住んでいて、旧正月で実家に帰ってきても、母親から「家を売りたいの?」「お金がいるの?」と全く信用されていません。
その弟から、ジエンイーは財産狙いで介護しているのかと問い詰められるのです。ヨウユーは叔父さんより、ジエンイーを二番目のパパと呼んで慕っていて、血縁より心の繋がりが大事だと感じさせてくれます。
“国民のおばあちゃん”と呼ばれる名女優チェン・シューファン(陳淑芳)さん演じるシウユーが「痛い痛い」と苦しむのをなんとかしてあげたいと思うジエンイーや孫。
この場面で、10年前の夏、首に出来た癌が悪化して、「痛いから、なんとかして〜」と叫んでいた母を思い出しました。代わってあげることもできず、私には何もしてあげられなくて歯がゆい思いでした。結局、病院が受け入れてくださることになって、7月下旬の今日のような暑い日に入院。モルヒネを打って痛みは止めてもらうことができましたが、程なく意識がなくなり、9月9日に亡くなりました。
11月に入って、母宛に年賀状をくださっていた方たちに母が亡くなったことをお知らせしたところ、すぐにご連絡をくださったのが、佐賀や石垣島に住む基隆時代のご友人たちでした。敗戦で日本の各地に引き揚げてばらばらになってしまった基隆の同級生たち。70歳を過ぎる頃までは、1年に数回、どこかで集まっていました。台湾人の同級生の方たちとも、ずっと親交が続いていました。母にとっては、神戸に次ぐ故郷。
基隆の風景が美しく映し出された『親愛なる君へ』。母と一緒に観たかったとしみじみ思いました。
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ジエンイーが間借りしているシウユーの家は、少し高台に建っていて、上記の画像で窓から港が見えています。(こんな風に海が見えるところに住みたい♪)
位置はおそらく湾のどん詰まり。左手に基隆駅があるところ。母の暮らしていた家は、この位置から見ると右手の丘の中腹。現在、基隆中正公園のある位置のちょっと下あたりだと思います。当時は、戦争中で港を見下ろせる山の上に登ることは禁止されていたそうです。
ところで、ジエンイーを演じた莫子儀(モー・ズーイー)には、『台北に舞う雪〜Snowfall in Taipei』(霍建起監督)が2009年の東京国際映画祭で上映された折に、宮崎暁美さんがインタビューしています。(シネマジャーナル78号に掲載) 私にも声がかかったのですが、指定の時間に、どうしても優先したい予定があって、同席するのを諦めました。その翌日、東京国際映画祭のオープニング・グリーンカーペットを沿道で取材。霍建起監督が『台北に舞う雪』の出演者一行を引き連れて歩いてきたのですが、監督には前日インタビューしたばかりで顔を覚えていてくださっていて、私の正面に一行を連れてきてくださいました。そうして撮れたのが、この写真です。
『台北に舞う雪』一行。
左から莫子儀(モー・ズーイー)さん、童瑶(トン・ヤオ)さん、霍建起(フォ・ジェンチイ)監督、陳柏霖(チェン・ボーリン)さん、楊祐寧(トニー・ヤン)さん (撮影:景山咲子)
その時に、一番左端の素敵な彼は誰?と思ったのが、莫子儀(モー・ズーイー)でした。
予定を無視してでもインタビューに同席するべきだったと悔しかった次第です。
あれから時を経て、落ち着いたいい役者さんになったと感慨深いです。