同級生のコンサートにかこつけて神戸に帰ってきた旅の3日目です。
JRの往復切符が、片道601キロ以上だと1割引きになるので、神戸に帰るときには、いつも東京から西明石往復で購入しています。

7時に朝食をいただいて、8時には西に向かう電車に。お天気がすごくよかったので、舞子で降りて明石海峡大橋を眺めてきました。

移情閣(孫文記念館)
来日した孫文を招いて1913(大正2)年3月14日に昼食会が開かれた場所。
明石海峡大橋建設の際に、一旦解体されて、移転されています。
この日は朝早くて見学できませんでしたが、もうずいぶん前に中に入ったことがあります。
孫文に思いを馳せることのできる場所です。
9:50 同級生の真理子さんと阪急御影駅で待ち合わせて、白鶴美術館へ。

今回の目的は、「近代ペルシアのメダリオン絨毯」の展示。相変わらず照明が暗すぎて、色がよくわからないのが難点。そこまで保護しなくても・・・
山の上にあった学校の帰り道、バス道からそれて、よく通った一帯には大きな洋館がいくつもあります。空き家になっていた洋館を、大勢で探検したことも。今なら家宅侵入罪?

映画やテレビドラマの撮影が行われているお屋敷かな?
12時 阪急神戸三宮駅(三宮駅だったのが、いつのまにか神戸が付いてました)で美好さん合流。
生田神社経由、トアロード・デリカテッセンへ。

神戸に住んでいた頃、お正月など特別な時に母がソーセージなどを買いに連れていってくれた懐かしいお店。2階のレストラン、かつてはサンドイッチ程度だったのが、メニューが充実していました。ビーフシチュー、美味しかった♪
二人を引き連れて、私のお気に入りの散歩道へ。
モスクを眺めたあと、北野ホテル脇の小路からシュウエケ邸脇の小路をあがっていったら、作業中の外人さん二人。シュウエケ邸の中庭に入るドアが開いていて、「どうぞ」と入れてくださいました。
シュウエケ邸、震災の前には見学出来て、寄せ木細工の机など中東の香りがするものがいっぱい。シリアのお菓子を売っていて、住んでいるのがシリアの方だというのはその時に聞きました。震災後は見学は出来なくなっていたのですが、持ち主のご家族が桜の季節からつい先日までいらしていて、アメリカに帰られたばかりとのこと。
明治29年(1896年)に、建築家のA.N.ハンセル(1857-1940)が自邸として建てたもので、その後、1935年にシリアのアレッポから来日したエズラー・シュウエケ氏が購入。シリア出身のユダヤ人です。
その日、お話した方は、イスラエルのハイファ出身のユダヤの方。1991年にイスラエルを訪ねたことがあると言ったら、ちょうど徴兵されていた頃とおっしゃっていました。
シャロームと挨拶し、「トダ」とヘブライ語でお礼。28日に中庭でイベントを開くので、準備中とのことでした。薪をたくさん運び込んでいたので、バーベキューでもするのでしょうか・・・ ぜひ来て〜と言われましたが、さすがに遠いです。残念!

ご一緒に写真を撮らせていただきました。
神戸に来るたびに、この小路を通っていましたが、中に入れていただける日が来るとは!
嬉しい出会いでした。

この後、神戸華僑総会の建物〜ジャイナ教寺院を巡って、坂を下りて、にしむら珈琲本店でケーキセットをいただきました。
前日、シネジャ読者のR子さまとお話していた時に、中学生の時に、クラスの人たち大勢と映画を観に行った話をしました。ロッサノ・ブラッツィが「バリハイ♪」と歌っていたメロディーも覚えているのに、映画のタイトルが出て来なかったのですが、二人に聞いたら、『南太平洋』と即答。もう50年以上前のことなのに覚えてました。映画の力ってすごい! それにしても、あの時、どんな経緯で皆で観に行ったのやら。