冬至は、一年で一番夜が長い日。
ペルシアでは、7000年前から、この日を太陽の誕生する日として、お祝いする習慣があります。シャベヤルダー(シャブ:夜 ヤルダー:誕生)と呼ばれ、冬至の夜には家族や友人とスイカやザクロなどの赤い果物やナッツ類を囲んで、夜長、詩の朗読やおしゃべりを楽しみます。
コロナ禍があけて、今年はいくつかの集まりに参加することができました。
本来は、冬至の日(太陽が沈む時から一日が始まりますので、今年は12月21日)に行う行事ですが、12月16日(土)に一足早く、ペルシアの詩や映画を研究しているイラン人と日本人によるグループ「House of Minoo」の会が開かれました。
シャベヤルダー定番のハーフェズの詩だけでなく、古典のルーダキーやサアディー、映画『あの家は黒い』の監督でもある女性詩人フォルーグ・ファッロフザードの詩などもペルシア語と日本語訳で朗読されました。
フェセンジャーン(柘榴のペーストと胡桃で煮込んだ鶏のシチュー)やスイカのデザートをいただき、最後には映画『ソルターネ・ガルブハー(心を支配する者』(1968年、ムハンマド・アリー・ファルディン監督)の主題歌を皆で大合唱。この歌がまた韻を踏んだ素敵な曲なのです。心に響きました。
12月21日には、イラン大使館でシャベヤルダー。
スイカ柄の帽子を被った男の子も。
古くから冬至を祝ってきたペルシアの文化のお話のあと、ペルシア語を学んでいる日本人の方たちや、イランの少女たちの詩の朗読。
こちらも素敵な会でした。
12月22日 イランの絵本と靴下展@原宿see more glassへ。
21日の夜にはインスタライブ「シャベヤルダーよもやま話」が開かれました。(すみません、大使館に行ってました・・・)
展覧会は28日(木)まで!
https://salamx2.exblog.jp/30491152/
12月23日 杉森健一さん著「ペルシア文化が彩る魅惑の国 イラン」出版記念パーティ@白金台ミーリーコレクション
「イランの良さを伝える杉森」さんによるイラン愛溢れた1冊。これを読めば、イランに飛んでいきたくなること間違いなし。ニュースから受ける怖いイメージと違う優しいイランの人々の姿が垣間見れる素敵な本です。
この日も美味しいイラン料理に舌鼓♪
まさにイランに浸った1週間でした。
2023年12月24日
2023年12月23日
東京ジャーミイで『ぼくたちは見た』(古居みずえ監督)を観る(白)
12月23日(土)
東京ジャーミイ 第2回 パレスチナデー
12月23日(土) 10:00-16:00
〒151-0065 東京都渋谷区大山町1−19
★古居みずえ氏監督のドキュメンタリー上映がありました。
『ぼくたちは見た ガザ・サムニ家の子どもたち』上映会
〜参考まで〜
☆古居みずえ監督のパレスチナ関連の映画と登壇したトーク
『ガーダ パレスチナの詩』(2007年)
http://www.cinemajournal.net/review/2006/index.html#ghada
『ぼくたちは見た ガザ・サムニ家の子どもたち』(2011年)
http://www.cinemajournal.net/review/2011/index.html#bokutachiwamita
初めて出かけた東京ジャーミイ(モスク)はとても美しい建物で、日本の風景とは思えません。
映画上映が終わった時間にはバザーも終了で、アレッポで作られたオリーブの石鹸を一個買って帰りました。
今度は暖かい季節に訪ねて、カフェでゆっくりしようっと。(白)
2023年12月17日
映画祭シーズンが終わって2週間あまり、やっと記事をまとめられます(暁)
9月のあいち国際女性映画祭に始まり、山形国際ドキュメンタリー映画祭、中国映画週間、東京国際映画祭、東京フィルメックスと映画祭シーズンが続き、終わったのが11月26日。ほんとは、今年始まったCinema at Sea - 沖縄環太平洋国際フィルムフェスティバル(2023年11月23日〜11月29日)にも行きたかったのだけど、さすがに用意も整わず、これはあきらめました。
そしてスタッフ日記を書く時間も取れずにいたので、前回のスタッフ日記(2023-10-09)書き込みから2カ月以上過ぎてしまいました。白さんやミッキーさんのようにマメに記事を書ければいいのですが、なかなかそれができない私は、書くことをため込んでしまいます。すぐに書かないと忘れて来てしまうのにね。
終わったらすぐ映画祭記事のまとめをする予定でしたが、映画祭シーズンが終わったら、溜まっていた試写に行ったり、HPの映画紹介記事にかかりきりになり、めったにオンラインで試写を観ない私も、この2週間あまりのうちに、6本もの作品鑑賞。押せ押せで、公開間際に観て、映画紹介に書き込むという自転車操業(笑)。
今年は引越しや、3か月の入院もあったので、余計、溜まったものが押せ押せになりました。8月中旬に退院して無理せずにと思いつつ、あっという間に慌ただしい毎日になってしまいました。おかげで引っ越し先の住み心地レポートや、1年余り見ることができなかったTVをやっと買った時のエピソードとか、いろいろスタッフ日記に書こうと思いながらかけずにいました。思い出しながら書いてみます。
今年は暑さがいつまでも続き、暑さが苦手な私にとって結構大変な日々でした。5月中旬に心臓弁膜症の手術をして、2カ月のリハビリ病院での生活でしたが、7月になって外歩きのリハビリ訓練の時には、あまりの暑さに、なかなか外でのリハビリができず、涼しい部屋での訓練がほとんどでした。退院する8月中旬ころもまだ暑く、妹や友人たちから涼しくなるまで退院を延ばしたらと言われましたが、8月18日に予定されていた『鉛筆と銃 長倉洋海の眸(め)』河邑厚徳監督インタビューにぜひ参加したかったので8月14日に退院しました。
退院4日目の取材参加は、やはりとても暑くて行くのが大変でしたが、私にとって長らく気になっていた長倉洋海さんを河邑厚徳監督が撮った映画ということで外せなかったのです。そして、少しづつ試写に通い、外出に慣れていきました。
4月19日に新しい所に引っ越しして、5月14日に入院しましたが、その25日ほどの間に、手術のための検査や測定などのため7回も病院に通いました。そんな状態だったので、引っ越しはしたものの片付けも終わらないまま入院しました。前に住んでいたアパートはシロアリが巣くっていて取り壊すというので、立ち退かざるをえなかったのですが、去年(2022)6月頃から家探しをしている最中の10月頃から調子が悪くなりました。でも引っ越しをしなくてはならなかったので、手術を先延ばしにしていました。1か月くらいで退院できるつもりだったのですが、リハビリに2カ月もかかってしまいました。そんな状態だったので、退院してからも引っ越しの片付けが続きましたし、新しい住まいや環境にも慣れない状態で過ごしていました。
市営の福祉住宅に入ることができて、バリアフリーなので、住むには以前に比べたら便利なのですが、交通の便や、買い物、食事などは前に住んでいたところにくらべ、かなり不便なのです。以前は三鷹駅から歩いて10分くらいのところに住んでいたので、映画祭などで遅くなっても帰る時間を気にしなくても良かったのですが、新しい家は、いつも帰るバスの時間を気にしていないといけなくなりました。前は夜中0時過ぎにもバスがあったのですが、新しいところは三鷹21時半頃が最終という状態。でも、武蔵境、三鷹、吉祥寺の3駅に出られるので、行く場所によって使い分けしています。
そしてスタッフ日記を書く時間も取れずにいたので、前回のスタッフ日記(2023-10-09)書き込みから2カ月以上過ぎてしまいました。白さんやミッキーさんのようにマメに記事を書ければいいのですが、なかなかそれができない私は、書くことをため込んでしまいます。すぐに書かないと忘れて来てしまうのにね。
終わったらすぐ映画祭記事のまとめをする予定でしたが、映画祭シーズンが終わったら、溜まっていた試写に行ったり、HPの映画紹介記事にかかりきりになり、めったにオンラインで試写を観ない私も、この2週間あまりのうちに、6本もの作品鑑賞。押せ押せで、公開間際に観て、映画紹介に書き込むという自転車操業(笑)。
今年は引越しや、3か月の入院もあったので、余計、溜まったものが押せ押せになりました。8月中旬に退院して無理せずにと思いつつ、あっという間に慌ただしい毎日になってしまいました。おかげで引っ越し先の住み心地レポートや、1年余り見ることができなかったTVをやっと買った時のエピソードとか、いろいろスタッフ日記に書こうと思いながらかけずにいました。思い出しながら書いてみます。
今年は暑さがいつまでも続き、暑さが苦手な私にとって結構大変な日々でした。5月中旬に心臓弁膜症の手術をして、2カ月のリハビリ病院での生活でしたが、7月になって外歩きのリハビリ訓練の時には、あまりの暑さに、なかなか外でのリハビリができず、涼しい部屋での訓練がほとんどでした。退院する8月中旬ころもまだ暑く、妹や友人たちから涼しくなるまで退院を延ばしたらと言われましたが、8月18日に予定されていた『鉛筆と銃 長倉洋海の眸(め)』河邑厚徳監督インタビューにぜひ参加したかったので8月14日に退院しました。
退院4日目の取材参加は、やはりとても暑くて行くのが大変でしたが、私にとって長らく気になっていた長倉洋海さんを河邑厚徳監督が撮った映画ということで外せなかったのです。そして、少しづつ試写に通い、外出に慣れていきました。
4月19日に新しい所に引っ越しして、5月14日に入院しましたが、その25日ほどの間に、手術のための検査や測定などのため7回も病院に通いました。そんな状態だったので、引っ越しはしたものの片付けも終わらないまま入院しました。前に住んでいたアパートはシロアリが巣くっていて取り壊すというので、立ち退かざるをえなかったのですが、去年(2022)6月頃から家探しをしている最中の10月頃から調子が悪くなりました。でも引っ越しをしなくてはならなかったので、手術を先延ばしにしていました。1か月くらいで退院できるつもりだったのですが、リハビリに2カ月もかかってしまいました。そんな状態だったので、退院してからも引っ越しの片付けが続きましたし、新しい住まいや環境にも慣れない状態で過ごしていました。
市営の福祉住宅に入ることができて、バリアフリーなので、住むには以前に比べたら便利なのですが、交通の便や、買い物、食事などは前に住んでいたところにくらべ、かなり不便なのです。以前は三鷹駅から歩いて10分くらいのところに住んでいたので、映画祭などで遅くなっても帰る時間を気にしなくても良かったのですが、新しい家は、いつも帰るバスの時間を気にしていないといけなくなりました。前は夜中0時過ぎにもバスがあったのですが、新しいところは三鷹21時半頃が最終という状態。でも、武蔵境、三鷹、吉祥寺の3駅に出られるので、行く場所によって使い分けしています。
『99%、いつも曇り』瑚海みどり監督取材(白)
(宮ア暁美撮影)
12月6日(水)試写の後、代々木へ。配給・宣伝のトラヴィスさんの事務所で瑚海(さんごうみ)みどり監督のインタビューです。(暁)さんと二人でおばちゃんのお喋り会の様相もある、あまりインタビューらしくない取材になりました。代わりに監督のチャーミングなところはおおいに伝わったかと思います。
1時間びっちり話したのを必死で書き起こし、いくらか整理しましたが1万字になりました。長いですが、読んでみてくださいませ〜。映画もぜひご覧ください。(白)
アップリンク吉祥寺にて公開中。
★インタビュー記事はこちらです
http://cineja-film-report.seesaa.net/article/501772521.html
東京ジャーミィで世界平和を願いました (咲)
西アフリカに行ってきました!
・・・と言いたいところですが、ここは代々木上原の東京ジャーミィ。
12月6日(水)〜12月21日(木)の期間、モスク隣接のトルコ文化センター2階で澁澤幸子さん写真展「イスタンブルのモスク」が開かれていて、この写真は、12月10日 (日) 1時からの澁澤幸子さんの講演会「モスクとは」に行った時のもの。
実は、ご高齢の澁澤幸子さん、立ったまま元気にお話しされていたのですが、1時間ほど経ったところで急に座り込まれてしまいました。講演会はそこで中止になったのですが、その後、どうされていらっしゃるのか心配です。
心配しながら、写真展をゆっくり拝見。イスタンブルに3000位あるというモスクの中から、あまり有名でないモスクを選んでの写真展。解説もたっぷりあって、興味を惹かれました。
写真展を観終わって、モスクに行ったら、ちょうど3時の集団礼拝が始まりました。
2階の女性席から眺めていたら、1階に西アフリカと思われる衣装の男性が何人もいらしてました。
終わって出てきたところで、日本人女性とアフリカの男性の結婚式があったことがわかりました。それが上記の写真という次第。
新婦の方に、長老の男性が、「イスラームではお母さんが一番大事。おおいばりで暮らしてください」と語っていました。(母になれなかったら、どうなるの?という思いが、ちょっとよぎりました)
12月15日(金) かつて埼玉の与野にあった中東ミニ博物館の常連仲間のお一人が先日80歳を迎えられたのをお祝いして集まることになり、澁澤幸子さんの写真展と金曜礼拝を目的に東京ジャーミィで集合。
ところが、写真展は金曜日閉館でした・・・
(場所を決めた私、申し訳ない限り)
12時45分から金曜礼拝が始まりました。
続々人が集まって、外にもお祈り用の絨毯風のビニールシートを敷き詰め始めました。
友人がスカーフを忘れてきたというので、いつもなら正面入口を入ってすぐのところにおいてある貸し出し用のスカーフを取りに行こうとしたのですが、この日はそこから女性が入れませんでした。
女性専用の入り口は、モスクの右端にあって、2階の女性席にはミナールにあがる狭い螺旋階段をあがっていきます。
この日は、2階も結構混みあっていました。
イマームがミンバル(説教壇)の上からアラビア語でお話しを始めました。ムスリムの皆さんはわかるのかなぁ〜と思っていたら、その後、トルコ語、日本語、英語でも説教をされました。 日本語の時には触れなかったのですが、その前のところで「パレスチナ」と聞こえた部分がありましたので、きっと今の状況について触れられたのだと思います。
日本語の部分では、「お互いを憎むことなく敬い平和な世界」をといったことをお話しされていました。
この日の集団礼拝にも、ほんとにいろいろな国の方が集っていました。
ムスリムだけでなく、全世界の人々がこうして共に気持ちを同じにすることができるはず。
なんとか平和共存できる社会になってほしいものです。
★これまでにシネジャで紹介してきたパレスチナ関連の映画の記事をまとめてみました。
どの作品も平和共存を願ったものです。
パレスチナとイスラエル関連の映画を紹介したシネマジャーナルの記事
http://cineja4bestfilm.seesaa.net/article/501777237.html