2024年05月12日

47年ぶりに沖縄に行きました(暁)

*沖縄を楽しみました

今回沖縄に行ったのは佐喜眞美術館で展示されている丸木位里・俊夫妻が描いた「沖縄戦の図 全14部」を見に行くというのが第一の目的でしたが、2024年2月14日(水)から23日(金)までの9日間行き、いろいろなところを訪ねました。
前回沖縄に行ったのは1977年。台湾行の船で晴海ふ頭から3日間かけて那覇に行きました。その時は2週間行ったのですが、石垣、西表、竹富など八重山諸島がほとんどで、沖縄本島は2泊くらいして、那覇周辺へ行っただけでした。またすぐ行くだろうと思っていたのに、次はなんと47年後。コロナ禍で海外に出かけられず、JALのマイレージが溜まり、期限切れ近いポイントがありそれを利用したので飛行機代はかからずでした。今回は那覇に6泊、美ら海水族館のそばに3泊し、沖縄南部の糸満から北端の辺戸岬と、沖縄本島の南北を訪ねました。
それでも那覇周辺がほとんどで、那覇の国際通りは4日間連続して行きました(笑)。初日14日は国際通りにあるという観光案内所を訪ねたのですが、ホテルからタクシーに乗って行ったのに、運転手さんがその場所を知らず全然違うところで降ろされてしまい、国際通りの店の人などに聞いたけどやっぱりわからずで歩きまわったのですが、結局閉店19時に間に合わず、次の日からのバス路線や停留所、時刻などの情報をゲットできませんでした。初日から沖縄の「てーげー」に踊らされてしまいました。そのあと、その手のことが何度も(笑)。場所などを聞いて行ったら逆方向だったり、場所がちがって大まわりしたり、いろいろな「てーげー」に振り回されました(笑)。親切なんだけどね。
初日は歩き疲れたので、結局、たどり着いた近辺の国際通りののれん街の中の店に入り、夜ご飯。海鮮の店にはいり、牡蠣やその他海鮮を食べたのですが、ギターを持った流しの青年が来て、2,3曲披露してくれました。今時、流しがある酒場街、レトロだなと思いました。最近分かったのですが、『一生売れない心の準備はできてるか』を観たら、主人公の奈須重樹さんがここで流しをしているという話が出てきてびっくり。最後のシーンで、こののれん街をバックにいろいろ語っていたのです。沖縄に行く前にこの作品の試写を観ておけばよかったと思いました。

那覇に着いた次の日には、やはり14日から沖縄に来ていた友人と国際通りにある民謡酒場に行き、ネーネーズの歌う沖縄民謡を堪能しました。ネーネーズはもう何回も代替わりしているけど、1990年代に東京にも何回か来ていたのでライブ(コンサート)に行ったことがあります。CDも持っていたような気がします。200人近くの席は満席だったので予約しておいてよかった。「黄金の花」などネーネーズの持ち歌以外に、お馴染みの沖縄民謡「十九の春」「てぃんさぐぬ花」「安里屋ユンタ」などを歌ってくれて、とても良かったです。料理も沖縄料理を食べましたが、3人だったので、いろいろな種類のものを食べることができました。前日、国際通りを行ったり来たりしたときに、いくつかの沖縄民謡の店をみかけ、どこに入ろうかと思ったのですが、やはりなじみがあるネーネーズの店にしました。

次の日16日(金)、那覇港からのホェールウオッチングに参加し、鯨の潮吹きを2回見ることができました。遠かったのですが、まさか鯨を見ることができるとは思わなかったので感動でした。沖縄北端の辺戸岬でも鯨の潮吹きを3回見ることができました。やはり遠くて鯨の身体は一瞬しか見ることができなかったけど、今度はもっと近くで見たいと思いました。午後は首里城に行きましたが、バス事情にうとくてかなり時間をロスしてしまい、ゆっくり見ることはできずでした。首里城が再建されたらまた行きたいです。
シネマジャーナルスタッフの先輩で、今は沖縄に住み、脚本家としても活躍しているMさんとも、沖縄に行く前からメールでやりとりしていたのですが、この日、桜坂劇場にある喫茶店で35年ぶりくらいにお会いし、彼女の話を聞くことができました。その彼女がホェールウォッティングがあることを教えてくれて見にいくことができました。冬の時期(12月〜2月くらい)、クジラたちは子育てのために沖縄近海に来て過ごすのだそうです。この日はさらに夜は「生活の柄」に行ったので、ものすごく充実した日になりました。このことはまたあとで詳しく。

*「生活の柄」に行きました
新田義貴監督の『歌えマチグヮー』(2012)は、活気がなくなった那覇の栄町市場を活性化させるため立ち上がった人たちの話でしたが、その中心にいたのは“栄町おばぁラッパーズ”という3人のおばぁ。市場を元気にするためにラップの練習に明け暮れるその姿が凛としてかっこよかった。その仲間で、この市場にある「生活の柄」という居酒屋にも行きました。「生活の柄」というのは沖縄出身の詩人山之内獏の詩のタイトルですが、フォークシンガーの高田渡が曲をつけて歌っていて、彼の代表曲でもあります。この店のオーナーモリトさんはこの詩と高田渡のファンというのでぜひ行ってみたかったのです。
店に行ったら佐喜眞美術館を設計した人の息子さんが来ていて、この美術館でライブをやったことがあると言っていたし、次の日、佐喜眞美術館に行ったら、この日、桜坂劇場で公開が始まる『沖縄狂想曲』のチラシが貼ってあり宣伝していました。繋がりというか縁というか、狭い世界といえばそうかもしれないけど、「縁は面白い」と思いました。
そして、モリトさんがせっかく東京から来てくれたからと「生活の柄」を歌ってくれました。これで高田渡さん以外に、大杉漣さん、小室等さん、モロ師岡さん、モリトさん、5人の方の「生活の柄」を聴くことができたので、行ったかいがありました。
コザ(沖縄市)のライブハウスやシアタードーナツ・オキナワにも行きたかったのですが、行けなかったのが残念。『コザママ♪ うたって!コザのママさん!!』を観て、次回は、絶対コザ「銀天街」に行こうと思いました。この映画は『歌えマチグヮー』同様、活気がなくなった商店街を「音楽」で再生を目指すという話ですが、これを観て、どこも同じような問題をかかえているなと思いました。
監督の「沖縄で歌ったり踊ったり三線を弾くのは稼ぐためではなく人生を楽しむため。商業的でないからこそ芸を突き詰められる」という言葉に沖縄芸能の豊かさを納得です。

本誌107号に掲載した記事に書き足し写真も加えました。
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佐喜眞美術館に行きたくて沖縄へ(暁)

*丸木位里・俊夫妻が描いた「沖縄戦の図 全14部」を見に佐喜眞美術館に行ってきました

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本誌107号に掲載した記事に書き足しました。
2024年2月14日から23日まで沖縄に行ってきました。宜野湾(ぎのわん)市にある佐喜眞美術館の「丸木位里・俊夫妻の沖縄戦の図」全14部を見に行くというのが一番の目的です。通常は4作品〜6作品くらいしか展示していないけど、『丸木位里 丸木俊 沖縄戦の図 全14部』(河邑厚徳監督)の公開記念で全作品が展示されているというので、このチャンスにと47年ぶりに沖縄に行きました。この作品は、丸木夫妻が絵を描くにあたって、体験者の証言を聞き、地上戦の現場にも行き、体験者にモデルになってもらったこと、佐喜眞美術館建設のいきさつなどを紹介したもので、(咲)さんが河邑監督にインタビューもしています(シネジャHPに掲載)。

『丸木位里 丸木俊 沖縄戦の図 全14部』 河邑厚徳監督インタビュー

昨年12月に公開された『彼方の閃光』の中で、眞栄田郷敦、池内博之、尚玄が沖縄戦のことを語るシーンで出てきたのはこの美術館の屋上にいたる階段でした。それに今年2月に公開された『沖縄狂想曲』では、佐喜眞道夫館長が出演。この1年の間でこんなにも佐喜眞美術館のことが映画に出てきたので、どうしても行かなくてはと思ったのでした。
佐喜眞美術館は普天間基地の端にあります。この「沖縄戦の図」を展示する美術館を建てるため、地主の佐喜眞道夫さんが普天間基地内にある借用地を米軍から返還してもらったそうです。詳細は河邑監督の作品に描かれています。

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佐喜眞美術館屋上に向かう階段。最上部にある穴から6月23日(慰霊の日)の日没時、太陽の光が差し込み、23段ある階段を照らします

屋上から普天間基地が見えるということをリンダ・ホーグランド監督の「『ANPO』安保をアートで語る」(2010)という作品で知り、その時からいつか行ってみたいと思っていました。この映画の中で、屋上から普天間基地が映し出されるのですが、リンダ監督にインタビューした時、その撮影時のエピソードを聞いてから、ぜひ行ってみたいと思っていました。この映画は写真、絵など、アートで描かれた作品から安保のことを語っています。映画には広島から来た修学旅行生たちが美術館の屋上に行き普天間基地を見るというシーンがあり、基地が見渡せたのですが、その時から15年近くたち、木が高くなって生い茂り、今回はあまり遠くまでは見渡せませんでした。それにしても2月なのに緑がけっこう多いのに驚きました。東京に帰って来てまわりをみたら樹木の葉はほとんどなかったので、沖縄は常緑樹が多いと思いました。

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佐喜眞美術館の屋上から普天間基地方向を見る

『ANPO』安保をアートで語る
リンダ・ホーグランド監督インタビュー

やはり東京に帰ってきてから、高校の先生をしていた友人にこの美術館に行った話をしたら、彼女は修学旅行の引率で3回くらい行ったことがあると言っていました。若い人にぜひ沖縄戦のことを知ってほしいから修学旅行で行くのは意味がありますね。館長の佐喜眞道夫さんがコロナ禍でここ数年、修学旅行生は来館できず、美術館の運営も厳しいと言っていたので、早く学生たちが来られるようになるとといいですね。私も、沖縄に来る前と、沖縄で知り合った人にこの展示の話をしたけど行った人いるといいな。
一人はいました(笑)! ドキュメンタリー映画を配給・宣伝している方で、「2月に沖縄市のシアタードーナツに映画宣伝で行く」と言っていたので、この絵の全作品の展示があることを伝えたら、行ってきたそうです。そのほか沖縄で出会った観光案内所の人や、ひめゆりの塔に行く時、バスで一緒になった横浜から来たひともぜひ行ってみたいと言っていたけど、いったかな。沖縄本島北限の辺戸岬に行く時、一緒になった在日20数年という中国人のご夫婦にもこの美術館の話をしたら、行ってみようと言っていたのですが、行ったかな。地道に宣伝したけど、微々たる力ですね。

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丸木位里・俊夫妻(佐喜眞美術館にて)

丸木位里・俊夫妻は「原爆の図」「水俣の図」「南京大虐殺の図」、「アウシュビッツの図」等で知られていますが、おどろおどろしくて不気味なので、絵としてはあまり好きではありません。でも、現実がおどろおどろしいわけだから、しっかりと受け止めなくては。
実際に佐喜眞美術館に行って「沖縄戦の図」に対峙した時、この絵の向こうに沖縄戦の状況が浮かんできて、一つ一つの絵の前でしっかり見続けました。美術館に2時間以上はいたかも。その間に来た人は6組くらい。平日の夕方だったけど、この日は何組くらい来場したのでしょう。沖縄県外の人がほとんど。この旅で知り合った沖縄の人に「佐喜眞美術館って知っている?」と聞いても、ほとんどの人が知らなかったのが残念でした。その話を佐喜眞館長にしたら、「沖縄の人は沖縄戦の話は身近すぎて避けたがる。なるべくなら話したくないんだよ」とおっしゃっていた。

佐喜眞美術館 HP https://sakima.jp/

参照記事
『丸木位里 丸木俊 沖縄戦の図 全14部』上映情報
6月18日(火)〜30(日) / 8月6日(火)〜23(金) 東京都写真美術館ホール(東京)にて上映!
6/18(火) 東京都写真美術館ホール(東京)13:00の回上映後、河邑厚徳監督・佐喜眞美術館館長の舞台挨拶があるようです。

posted by akemi at 18:16| Comment(0) | TrackBack(0) | イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする