2015年05月02日

アラヤシキの住人たちが山からおりてきました! 〜映画『アラヤシキの住人たち』初日舞台挨拶〜 (咲)

北アルプスの山裾、長野県小谷村。車の通わない山道を1時間半歩いたところにある真木共働学舎。自由学園の教師だった宮嶋眞一郎により創設された、農業、酪農、工芸などを生活の基礎とした共同体。1978年、集落全体の高齢化などによって廃村となった後の集落で、宮嶋眞一郎と数人の同士が生活を始めた。
本作は、立派な茅葺きの家「アラヤシキ(新屋敷)」で共に働き学ぶ人たちの春から春への暮らしを映したドキュメンタリー。


「公開初日、アラヤシキの住人たちが山からおりてきます!」と、案内をいただき、行って来ました。
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5月1日(金)10時半に東中野駅に到着。ホームからポレポレ東中野に長い列ができているのが見えました。
ポレポレ東中野に着くと、1階には、出演された方たちの姿も。
公開初日の11時からの初回は、座布団席も出て満席。
皆、固唾を飲んでスクリーンを見守ります。

うっすら雪をかぶった山ふところで、朝の体操
ヤギにつけられた鈴のカラコロという音
せせらぎの音
鳥の声
カンカンカン ご飯の時を告げる音・・・


◆4月27日に旅立たれた宮嶋眞一郎先生を偲びながらの舞台挨拶

山懐の自然豊かな「アラヤシキ」での四季折々に癒された117分が終わって、まず本橋監督が登壇。
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監督 お天気のいい日に、狭いところにぎっしり詰めてご覧になっていただきまして、ありがとうございました。ドキュメンタリーを撮りだして、プロデュースを務めた2作品も含めてまだたった6作。ドキュメンタリーは記録をするのが第一のことですが、それだけでなくて、写されたものから観てくださる方がイマジネーションをどう盛り上げてくださるかが一番気になります。私は写真も撮りますが、1枚の写真からどういう風に感じてくださるか、各々違うわけですから、キャプションはあまりつけません。どう見てもいいよと。何かを感じて貰えればいいなといつも思っています。『ナージャの村』を作った時に、ある中学・高校で上映して、観ている間に僕の前の席の男の子がよく寝てるんです。時々起きてまた観てる。上映が終わって質問の時に、その子が一番手を挙げてたくさん質問してくれて、僕の映画をよく観てくれていて手ごわいなと。アラヤシキの映画を作る時に、宮嶋眞一郎先生に撮らせてくださいとお願いしに行きましたら、「楽しみにしています」とおっしゃってくださいました。2013年の冬から撮影を開始しました。宮嶋先生は自由学園をおやめになる50代のころに、もう目がほとんど見えませんでした。驚いたことに、『ナージャの村』を観ていただいた後に、林檎の花や林檎のことがたくさん出てくるのですが、林檎にとても詳しくて、信州とちょっと違うねとおっしゃいました。僕らが想像してなかったシーンを宮嶋先生が音と感で観てくださっていることに驚きました。今回、撮り終わって、どうしても宮嶋先生に観て貰いたかった。この映画の中には、宮嶋先生がなんども真木に向かって歩かれて、川の音や山の音が先生の中にずっと溜め込まれたものが入っていることと思って、宮嶋先生が一番いろいろ思い出してくださるだろうと、感想をお聞きしたかった。4月23日に信さんからご連絡をいただいて駆け付けた時には、ほとんど意識もなくて、お話できませんでした。27日に92歳で亡くなられてしまいました。残念ながら映画を観て貰うことができなかったのですが、今日、こんなにたくさんの方が観に来てくださって、共働学舎への宮嶋先生の夢と、僕が先生から教えていただいたことを皆さんの中で膨らませていただいて、先生の夢を共有できたらいいなと思いました。今日は次男の信さんが来てくださっています。

宮嶋信 ほんとに大勢の方に観ていただいてありがとうございました。父は4月の27日に亡くなりました。ひじょうによく考えて、タイミングよく亡くなりました。ほんとに楽しみにしていました。この映画は父の共働学舎への思いを、本橋さんのカメラマンそして映画監督としての立場から大勢の方に向けて撮りたいとおっしゃってくださって・・・  僕たちは毎日生活しているだけなのですが、それを大勢の方に知っていただけるのが有難いと思っています。
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監督 そして、今日はスターたちも駆けつけています。

4人のスターたちが登壇。

小倉久仁彦 百葉箱の記録観測をしています小倉です。共働学舎に37年います。今、がんばってます。
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野村瑞穂 真木でヤギの世話をしています野村瑞穂です。今日はせっかくだから、お能を1曲歌わしてもらいます。
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お能の一家に生まれた瑞穂さん。お能を熱唱して、「すみませんでした」と終始低姿勢。

次に、ただ一人若い女性の方
津山ゆり 映画の中でチェロを弾きました津山です。自由学園の大学部3年です。真木には年に一度か2度遊びに行って、お手伝いさせてもらって、みんなに会って元気をもらってます。


最後に榎戸三津雄さん 「18年間建設会社で・・・・・」と、長々お話されたのですが、語っていることがよくわかりませんでした。
監督が、「真木に1週間暮らすと半分くらいはわかるようになります。フランス人なんかは対等に話します」と言えば、宮嶋信さんも「彼の言葉をわかるようになるために、5~6回映画を観に来てください」と言葉を添えます。
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監督が見守る中、宮嶋信さんのギターで「時間よ止まれ」をうつむき加減で恥ずかしそうに歌うエノさん。歌い終わって、「煙草 吸いにいかせてもらいます」とうつむいたまま退場!

宮嶋信 このような人たちと40年、観ていただいたような生活をしてきました。

監督 スタッフを紹介させてください。僕とずっとコンビを組んでくれている(撮影の)一之瀬正史さん。アシスタントの山田さん。『ナージャの村』以来、ずっと支えてくれてます。そして、今回、山の中で音をほんとによく録ってくれた石川雄三くん。今日は映写係でずっと上にいます。あんまり音がよく録れているので、500円分、CDを作ってくれました。ぜひお買い求めください。今回初の編集を担当してくれた石川翔平さん。プロデューサーの大槻貴宏さん。長野県出身で、特に今回は張り切って上映館を当ってくれました。ひとことないの?

大槻 今日はすごく嬉しいですよ。

監督 全国26館上映が決まって、こんなことはほとんどないから嬉しくて。皆さん頑張ってくれたお蔭だと思います。信さん、言い残したことは?

宮嶋信 今、アラヤシキに行く道がまともにない状態です。11月22日の上代地震で、道は峠からずっと亀裂が入っています。一つ一つ埋めていく作業をしています。生きるための生活路を守るため。二つの橋も壊れています。土石流が入って水も使えません。雪解け水をなんとか溜めて使っています。もう降りてくればと言われますが、僕らはあそこで生き続けたい。災害があって3mの大雪があっても、自分の家だから。今、結婚式を挙げた井上くんが一生懸命見てくれている。僕は62歳になりましたが、僕らが生きることで、父から受け継いだことを大事なんだよと伝えていきたい。どうすればいいか、テキストはない。だけども、今、何をすればいいか考えながら生きていくことかなと思います。

****

アラヤシキの皆さんの思いがじんわり伝わってきた舞台挨拶が終わって、地上にあがると、舞台でずっとうつむいていた榎戸三津雄さんが、買ってきた飲み物を持って、駅の方から嬉しそうに急ぎ足で向かってくるのに出会いました。きっと、アラヤシキでも、毎日生き生きと暮らしているのだなぁ〜と思わせてくれました。
映画の中で、「競争社会でなくて、協力社会」という言葉が心に残りました。
みんな違っていい。違いを敬いながら、協力しあって生きていくことが大事なのだなぁ〜とあらためて思ったひと時でした。

ポレポレ東中野でのトークイベント情報などは公式サイトでどうぞ!
公式サイト:http://arayashiki-movie.jp

posted by sakiko at 11:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 取材 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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