2019年08月18日

「ラストエンペラー天津脱出」に惹かれて日本郵船歴史博物館へ  (咲)

8月15日、来週開く高校の担任の先生の「めざせ白寿の会」の打ち合わせで横浜へ。
午後早めに終わるのがわかっていたので、何か面白そうな催しはないかと検索。
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日本郵船歴史博物館の企画展「淡路丸船長の日記 〜ラストエンペラー天津脱出〜」が気になって行ってみました。

ラストエンペラーといえば、清朝最後の皇帝溥儀。
映画は、ベルナルド・ベルトルッチ監督の『ラストエンペラー』(1987年製作、日本公開1988年1月23日)が有名ですが、私は本作が公開される前年に観た『火龍』(1986年製作、日本公開1987年9月)の方が強く印象に残っています。
『ラストエンペラー』で溥儀を演じたジョン・ローンは、実に美しかったけれど、『火龍』で溥儀の後半生を演じたレオン・カーフェイ(梁家輝)の方が、より溥儀に近いかなと。歴史に翻弄された愛新覚羅溥儀の人生を、食い入るように観たのを思い出します。

今回の特別展では、1931年11月に天津脱出をしなければならなかった溥儀を乗せた「淡路丸」の船長の日記が展示され、当時の秘話が添えられていました。

今回、初めて日本郵船歴史博物館を訪れたのですが、特別展に至る常設展が面白くて、なかなか特別展にたどり着けませんでした。
実は、私の母方の祖父は、昭和10年頃まで大阪商船の船長として外国航路を回っていたので、展示を見ながら、祖父がどんな風に船上で仕事をしていたのだろうと思い巡らしました。
祖父は、家族と過ごすためか、台湾の基隆港の水先案内人に転職。昭和20年、終戦前に台湾で病に倒れ、亡くなってしまいました。神戸に家があったので、祖母や母はすぐにも帰りたかったと思うのですが、とても帰れる状況でなく、終戦後、9月に引き揚げてきました。
母からよく、「五郎さん(祖父のこと)は、戦争が終わったら、豪華客船で世界一周に連れてってあげるねと言ってたのに・・・」と聞かされました。常設展には、戦争中に客船が空母に改造されたことも展示されていました。中には、お客様を乗せないうちに、出来立ての客船の内部が壊された例も。悲しい歴史です。

船長や水先案内人の給与はかなり高かったそうで、神戸の家も贅を尽くしたものでした。ブラジルの蝶で出来た絵や、ジャワ更紗(私が生まれた時、おくるみに使っていた)など、世界各地のものが普通に家にあったのを思い出します。
私が世界に目が向いたのも、祖父のDNAかなと。
いい午後のひと時でした。


日本郵船歴史博物館
https://museum.nyk.com/index.asp




posted by sakiko at 20:48| Comment(0) | 日々のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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