2020年06月07日

1928年の映画『Shiraz』は、私の原点タージ・マハルがモチーフ (咲)

世界21の映画祭が参加して開催されているオンライン映画祭 「We Are One: A Global Film Festival」で上映されている『Shiraz: A Romance of India』のことを、facebookに大学の先輩、麻田豊氏や、イスラーム映画祭主宰の藤本高之さんが紹介していて、これは是非!と観てみました。

シーラーズといえば、イランの古都が真っ先に思い浮かんだのですが、そうではなくて、主人公の陶工の名前でした。物語はタージ・マハルにまつわるものとあって、俄然、惹かれました。(理由は後ほど♪)

『Shiraz: A Romance of India』
shiraz.jpg
製作:Himansu Rai
監督:Franz Osten,
1928年にインドで撮影された無声映画をthe British Film Instituteがデジタル修復し、Anoushka Shankarによる音楽をつけたもの。音楽がとてもマッチしていて素晴らしいです。
https://m.youtube.com/watch?v=dOSvq8EncXg&feature=youtu.be

*物語*
沙漠をいく駱駝や馬の隊列。
(冒頭のこの場面で、ラージャスターンのタール沙漠を駱駝に揺られて散策したことを思い出しました。なお、字幕には、the Persian desertとありました。)
隊列が襲われて、女性が亡くなり、幼い少女が取り残されます。沙漠に住む陶工ハサンは少女を連れ帰り、サリーマと名付けて、息子シーラーズと共に育てます。兄妹のように育った二人ですが、ほのかな恋心が。ある日、サリーマは奴隷商人に連れ去られ、奴隷市場で売り飛ばされます。売られた先はムガル王朝の宮廷。美しいサリーマは、フッラム皇子(後のシャージャハーン)に見初められます。
フッラム皇子との結婚を望んでいたダリアが嫉妬して、サリーマとシーラーズの密会を画策し、フッラム皇子に目撃させます。フッラム皇子は怒って、シーラーズを象の足で踏ませる死刑を命じます。寸でのところで、ダリアの仕業だと判明し、シーラーズは命拾いします。 皇子のところに連れてこられたシーラーズを前に、サリーマは皇子に「シーラーズのことは兄として慕っていただけ、愛するのはあなた」と答えます。シーラーズは、サリーマが奴隷商人に連れ去られた時に残していったお守りを差し出します。そのお守りは、皇后ヌール・ジャハーンが姪のアルジュマンド皇女に譲ったもので、サリーマは皇女の娘だと判明します。
フッラム皇子はサリーマにムムターズ・マハル(ペルシア語で「宮殿の光」、「宮廷の選ばれし者」の意)の名を与えます。フッラム皇子もまた王位を引き継ぎ、シャー・ジャハーンとなります。二人が幸せに暮らす姿をシーラーズが宮殿の外から覗きこみ見守る姿が涙を誘います。
18年後、ムムターズ・マハルが亡くなります。シャー・ジャハーンは愛する妻のために、これまで誰も見たことのないような美しい霊廟を作ることを決意します。模型を作らせるのですが、なかなか気にいったものがありません。ようやくこれはという模型を見つけます。それは、シーラーズが作ったものでした。これ以上美しいものを作れないようにと、シャー・ジャハーンはシーラーズの目が見えないようにしろと命じます。でも、すでにシーラーズの目はほとんど見えなくなっていたのでした。
やがて、霊廟タージ・マハルが完成。庭には、ムムターズ・マハルを愛した二人の男、シャー・ジャハーンとシーラーズが仲良く霊廟を眺める姿がありました・・・



タージ・マハル誕生秘話外伝といった感じですが、史実と異なることも多々あり、あくまで物語。
実は、50年前、高校3年生の時に、タージ・マハル建設にまつわる史実を調べたことがあるのです。
世界史の中川先生から、夏休みに何かテーマを決めてレポートをまとめなさいという宿題が出て、さて、何にしようと世界史の教科書をぱらぱらとめくって、目に止まったのがタージ・マハルの写真でした。
調べるうちに、ムガル王朝の宮廷公用語がペルシア語であることや、タージ・マハルを建設するのにペルシアから大勢の職人を呼んだことなどを知りました。もともと、何か外国語を学びたいと思っていたのですが、ペルシア語を学びたい!と閃きました。大阪外国語大学にはペルシア語科があったのですが、東京外国語大学には、ペルシア語科はなくて、ウルドゥー語科に入れば、2年生からペルシア語が必修と判明。模擬試験で、合格率25%と出たのですが、担任の野間先生から「受けてみれば」と、あっさり言われ、受験してみたら、競争率が低くて運良く受かりました。

という次第で、今の私があるのは、世界史の中川先生のお陰です。(野間先生もですね!)
夏休みが終わって、研究発表の時に、図書室から大きな写真集を借りてきて、タージ・マハルの写真を見せながら話したのですが、中川先生はタージ・マハルにいらしたことがあって、具体的に色々とお話してくださいました。中川先生は山男で、ヒマラヤやキリマンジャロに登ったことも。東大の学生の頃は、株で儲けて、かばん一杯にお札を入れて歩いていたそうです。ぼ〜っとした雰囲気の方だったのですが、さすが世界史の教師。世界の動きをしっかり見極めて株の取引をなさっていたようです。
10年程前に、アフガン研究会に参加されたという話を、アフガン研究会の事務局をしていた高校の先輩から聞きました。その時に参加していればお会いできたのにと残念です。

posted by sakiko at 23:33| Comment(0) | 映画雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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