2022年06月19日

岩波ホール、54年の歴史に幕 2022年7月29日に閉館

「新型コロナの影響による急激な経営環境の変化を受け、劇場の運営が困難と判断いたしました」という岩波ホール閉館のニュースは、映画ファンのみならず、文化を愛する多くの人たちに驚きをもって受け止められた。
 今年1月11日、試写室で会った友人から「岩波ホールが閉館するんですって」と言われ、閉館することを知った。その方とは岩波ホールで2017年に公開されたパキスタン映画『娘よ』のアフィア・ナサニエル監督の合同インタビューで知り合ったので余計思い入れがあった。このインタビュー自体が岩波ホールの会議室で行われた。

『娘よ』アフィア・ナサニエル監督_R.jpg
『娘よ』アフィア・ナサニエル監督

 岩波ホールはミニシアターの草分け。1968年2月に多目的ホールとして開館し、故・川喜多かしこさんと同ホール総支配人の故・高野悦子さんが名作映画上映運動「エキプ・ド・シネマ」をスタート。「エキプ・ド・シネマ」は「日本では上映されることの少ない、アジア・アフリカ・中南米など欧米以外の国々の名作の紹介」「欧米の映画であっても、大手興行会社が取り上げない名作の上映」「映画史上の名作であっても、何らかの理由で日本で上映されなかったもの、またはカットされ不完全なかたちで上映されたもの」「日本映画の名作を世に出す手伝い」という4つの目標を掲げていた。

P1150616_R補正_R.jpg
岩波ホールで公開された映画の数々

映画の常設館となったのは74年からで、サタジット・レイの『大樹のうた』がその第1回目の公開作だった。そして、現在公開中の『歩いて見た世界 ブルース・チャトウィンの足跡』6月4日(土)〜2022年7月29日(金)が最後の上映作品となる。岩波ホールでどんな作品を観たか調べてみたら、『大樹のうた』『木靴の樹』『旅芸人の記録』『大理石の男』『八月の鯨』『宋家の三姉妹』『山の郵便配達』など100作品以上は観ていると思う。しかし、私が映画にハマるきっかけになった『芙蓉鎮』は、ここで20週も上映していたにも関わらず観ていない。この作品を観たのは池袋の文芸坐だった。その後27回も観ているのに。原点の岩波ホールでは観ていない。歴代興行1位は『宋家の三姉妹』(97)らしい。この作品、3回は観ているので納得。
岩波ホールは映画館として幅広い認知を得、80年代以降のミニシアター誕生の大きなきっかけになった。「映画は国境を超える」というコンセプトのもと、これまで65カ国・271作品(1月の時点)の作品を上映してきたそう。
1985年5月31日に、第1回東京国際映画祭 女性映画の部門 <映像が女性で輝くとき>が始まり、高野悦子支配人を始め岩波ホールの職員の方たちが、この映画祭を支えた。のちに「東京国際女性映画祭」という名前になり、2012年までの25回開催され、ヘルマ・サンダース・ブラームス監督の『ローザ・ルクセンブルグ』、『ドイツ・青ざめた母』、羽田澄子監督の『AKIKO/あるダンサーの肖像』『痴呆性老人の世界』(86)『安心して老いるために』(90)、ミーラー・ナーイル監督の『サラーム・ボンベイ!』(88)や『ミシシッピー・マサラ』(91)などが上映され、後にこれらは岩波ホールで公開された。
シネマジャーナルとしては「東京国際女性映画祭」には3回目から参加し、高野悦子さんばかりでなく、映画祭ディレクターだった大竹洋子さんとも知り合うことができ、また、岩波ホール現支配人岩波律子さん、原田健秀さん、矢本理子さんなどの職員の方とも知り合うことができた。そんなこともあり、よけい閉館するのが残念でならない。何より、他では上映されそうもない作品を観ることができなくなるのではと、今から心配している(暁)。

P1150591_R補正_R.jpg
2022年2月に開催されたジョージア映画祭

関連記事
2013 特別記事 追悼 高野悦子さん
2013 スタッフ日記 
 高野悦子さんお別れの会で、素敵な映画の数々を思い出し感謝 
posted by akemi at 19:47| Comment(0) | TrackBack(0) | イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック