上田へは東京駅から約1時間半。我が家から東京駅も約1時間半。上田が近いのか、我が家が都心から遠いのか・・・
1日目は、上田でゆっくりおしゃべり。先輩も同級生も、とてもお話好きで、私は相槌を打つのがやっとでした。
先輩の作られたタンカが飾られたお部屋に泊まらせていただきました。寝ている間は、巻き上げてあって、朝起きて、ご開帳。亡くなられたお母様のために大急ぎで作ったので、周りは手抜きなの〜とおっしゃっていましたが、なかなかのものでした。
2日目は、同級生の運転で、小布施〜須坂〜松代をドライブ。秋桜や曼珠沙華が咲いていて、秋到来を感じました。
小布施には、40年ぶりくらい。昔、2度ほど訪れたことがありますが、栗で有名な竹風堂と桜井甘精堂が木立豊かな家並に点在していたという記憶。お店がすっかり増えて、この日は、祝日(23日)ということもあって、大勢の人たちがぞろぞろと歩いていました。竹風堂の駐車場が満車で、桜井甘精堂の駐車場に。まだ11時でしたが、待合室には人がぎっしり。名前を書いたら、18番目でした。
桜井甘精堂の素敵な庭を抜けて、裏手の大きな煉瓦の煙突があるところを抜けて、小布施の町を一回り。
1時間後に戻ったら、あと3組でした。お庭の見える特等席に案内されました。
11時の時点では、まだお腹が空いてなくて栗おこわは無理かなと思っていたのですが、お腹もすっかり空きました。
40年程前、栗おこわを食べたあとに、栗あんみつも食べたいけれどとても無理〜と言ったら、お店の方がラストオーダーまで1時間あるから、どうぞ散歩してきてとおっしゃってくださったのを思い出しました。
北斎館に寄りたかったのですが、人が多いのでやめて、北斎の天井画のある岩松院へ。
ところがなんと、岩松院はお彼岸で定休日。(年に3日だけの定休日!)ちょうど檀家の方たちが集まっていらっしゃいました。
父が岩松院の先代のご住職の方とご縁があったので、天井画は見られませんでしたが、雰囲気を味わうことができて感無量でした。
なぜか案内板には、フランス語が・・・
先輩から、ここに福島正則の霊廟があると教えていただきました。
広島城(49万8千石)の大大名だった福島正則は、幕府の謀略で、元和5年(1619)秋、この信越地方(4万5千石)に国替えさせられ、この地で亡くなられたのです。悲運の大名に思いを馳せました。
岩松院を後にして、須坂へ。蔵の街並みを車の中から楽しんで、田中本家へ。博物館はもう閉館していたので、大邸宅の外観だけ拝見しました。豪邸!
次に松代へ。ここも40年ぶり。城下町らしい風情の街角に佇んでみました。
高速に乗らずに上田に戻るつもりが、同級生がナビに何も指定せずに「自宅」と入れたら、高速に乗るルートになってしまいました。早いルート優先なのですね。
早めに上田に着いたので、新幹線に乗る前に駅構内のお蕎麦屋さんへ。
同級生と二人でセイロ2枚頼んだら、もうお蕎麦が1人前しかないので、半人前ずつでいいですか〜と。充分な量なのに、ご飯(おかか、昆布、野沢菜乗せ)と、アサリの佃煮をサービスしてくださいました。
かつて、上田駅近くのお蕎麦屋さんに入ったら、どこの席も大盛せいろを食べてる・・・とびっくりしたら、それが普通盛りで、皆さん食べ残したお蕎麦を当然のようにお持ち帰りしていたのを思い出しました。私たちにも、ビニール袋をくださったのですが、旅の途中でさすがに持ち帰りできませんでした。メニューに、「半盛り」とあって、それが私たちにとっての普通と、後で納得。
そんなことも思い出した秋のひと時でした。


