2020年06月28日

やっと映画を観に行き始めました。そしてあっという間に3週間(暁)

4月3日から自粛して家にこもっていましたが、6月8日からやっと映画を観に行き始めました。持病持ちのため外出はできるだけせず状態だったので、この2ヶ月あまり行動半径は2km以内(笑)。運動不足は否めず、足はふらふら、少し歩いただけで息も荒くなるというような状態で外に出始めました。8日(月)は一気に三鷹駅から東京駅へ。
映画再開初日は、京橋の試写室での『ぶあいそな手紙』(試写)。9日(火)『剣の舞 我が心の旋律』(試写)。12日(金)『グッド・ワイフ』(試写)、『ビッグ・リトル・ファーム』(公開作)と、この週は3日でかけました。15日(月)『バルーン奇蹟の脱出飛行』(試写)に行きましたが、さすがに疲れが出て、この週はあとの映画が続かず出かけられませんでした。少しづつ映画再開するしかありません。
22日からの週は23日(火)『zk 頭脳警察50 未来への鼓動』(試写)、『グローリー 明日への行進』(一般上映)、24日(水)『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』(試写)、25日(木)『友達やめた』(試写)、『ハリエット』(一般公開)という具合に、あっという間に3週間がすぎました。われながらなかなかのラインナップだったと思います。本当はもっと観る予定だったのですが出かけられず、やはり調子はまだまだです。そして、試写も一般公開の映画館も、間隔を開けての着席状態での上映が続いています。

この2ヶ月あまり、映画試写などもオンラインでというのが何本もありましたが、あいにく私のパソコンはいろいろなところで使えることが最優先のため光回線ではなくWai-Maxを使っているので、オンライン映画を観ることができず状態(ネット使用容量や動画が止まってしまうため)。DVDで観るというのも試してみたけど、我が家のTVは21インチ?(横幅約50cmくらい)と小さいため、メガネを使わないと字幕を見ることができなくて、画面をメガネなしで見たい私にはとても使い勝手が悪く、映画はやっぱり大きな画面で観たいです。
なので8日の『ぶあいそうな手紙』が、久々の大きな画面でした。この作品はブラジルのアナ・ルイーザ・アゼベード監督の作品。ウルグアイから来た手紙の代読と代筆を通した老人と娘の出会いと交流を描いたハートウォーミングストーリー。ブラジル南部の町ポルトアレグレが舞台です。監督の故郷でもあります。
隣国ウルグアイの首都モンテビデオからポルトアレグレにやって来た78歳の一人暮らしの老人エルネストが主人公。頑固で融通がきかず、本が好きでうんちく好き。冒頭、エルネストの部屋が映し出された時、本棚には本がいっぱいあって、写真が壁じゅうに飾ってあり、部屋の隅には写真をプリントする伸ばし機が置いてあったのでエルネストは写真家だったのかもしれないと思っていたら、やはりそうでした。かつてウルグアイの官邸付の写真家だったというのが出てきました。隣に住むのはアルゼンチンか来た同年輩のハビエル。この二人がどのような事情でブラジルにやってきたのかは、詳しくは出てこないのですが、エルネストはブラジルに来て46年というのでブラジルに来たのは1975年頃。ウルグアイが軍事政権の時代で、軍事政権の弾圧を嫌い約50万人(国民の約17%)が国外に移住したとのことなので、そういうような事情かもしれません。ブラジルはポルトガル語、ウルグアイ、アルゼンチンはスペイン語圏です。
エルネストはだいぶ目が見えなくなってきてウルグアイから来た手紙を読むことができず状態。でも読んでやろうかというハビエルの申し出を断り、偶然知り合ったブラジル娘のビアに読んでもらうことになります。
私は中学生の頃からアマゾンに興味を持ち、ブラジルに移住したいと思ったこともあり、ブラジルに関してはいろいろ本なども見ていたりしたのですが、この映画の舞台であるポルトアレグレという場所のことは知りませんでした。でもウルグアイやアルゼンチンにも近い町のようです。
実は、そのブラジル、ウルグアイ、アルゼンチンは去年2月にピースボートの船で訪れた国です。英語がほとんど通じず、ポルトガル語、スペイン語ができないとなかなか住んでいる人たちとの交流もままならない状態でした。でもスペイン語とポルトガル語は近い言葉なのでしょう。この二つの言葉の人たち同士のやりとりを何度かみかけました。それにウルグアイのワインのことも出てきましたが、ウルグアイではワイナリーにも行ったので、この映画に出てくる話題がとても身近に感じられました。そうそうマティ茶のカップセットもお土産に買いました。さじがストローのようになっているのです。ブラジル、ウルグアイ、アルゼンチンはラ・プラタ河に沿いですが、この河は信じられないくらい幅が広い河でした。船の中から見て海かと思っていたら河でした。

ウルグアイに行った時の話は、下記スタッフ日記参照ください。そういえば、このスタッフ日記で紹介した『世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ』のムヒカさんもウルグアイの人でした。

2019年、最後に観た映画は『世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ』でした(暁)
http://cinemajournal.seesaa.net/article/472899054.html

一升瓶に入ったワイン 「五一ワイン エコノミー」を買ってみました(暁)
http://cinemajournal.seesaa.net/article/472972369.html

ここにウルグアイのワイナリーとワインをを紹介していますが、『ぶあいそうな手紙』の会話の中に出てきたウルグアイのワインとは違うようです。日本にはチリのワインはけっこう入ってきていますが、ウルグアイもワインがたくさん作られています。

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2020年06月07日

明日から映画行けるといいのですが(暁)

5月25日に東京都も緊急事態宣言が解除され、映画再開1作目に6月1日の『追龍』の試写に行こうと思ったのですが、やはり不安でどうしようかと思っていたら(咲)さんがこの作品のDVDを借りるというので、それをまわしてもらうことにしました。フリーマン・オフィスさん宣伝の映画はもうひとつ岡山を舞台にした『しあわせのマスカット』というのがあって、こちらも5月中に試写が終わってしまったので問い合わせたところ、こちらは仕切り直しとのこと。この作品以外にも、仕切りなおしの作品がいくつもありそうです。とりあえず5月中に試写が終わってしまった作品については問い合わせるしかなさそうです。
先週すぐに試写が始まった作品は、ほかにもあったのですが、家から少し出歩くだけで息が荒くなるし、足元がふらふらしていたのでとりあえずあきらめました。なので社会復帰のため、買い物をしたり銀行に行ったり、外食したりして少しづつ慣らしています。3日には蕎麦を食べたのですが2ヶ月ぶりくらいの外食でした。でも、まだ行動半径2Km以内です(笑)。
昨日は中華の店に入って食事をしてみました。そしてインタビュー起こしもしました。去年のあいち国際女性映画祭に行った時にした『女は女である』(香港映画)のインタビュー。男子高校生が自分のジェンダーに疑問を持ち、女性になりたいと考え悩むという作品だったのですが、この映画のミミ・ウォンプロデューサーと主演俳優トモ・ケリーさんにインタビューさせてもらいました。でも公開の予定もなかったので記事にするのをあきらめていたのですが、なんとか形にしてみようと思い直して起こしてみました。家で作業をしようと思っても、机のパソコンの前が狭く足も伸ばせない状態なので長時間作業は無理と家での作業をあきらめていました。インタビュー起こしに数日かかると思ったら、インタビュー時間そのものが短かったので3時間くらいで文字起こしできました。後でHPにアップできるようまとめます。去年の大阪アジアン映画祭で上映され、あいち国際女性映画祭で上映された作品です。東京のLGBTの映画祭などで上映されるといいのですが、
そして明日8日(月)、いよいよ社会復帰できるか(笑)。明日はブラジル映画『ぶあいそうな手紙』の予定です。予習のためにネットで調べてみたら主演はウルグアイの俳優さんでした。去年最後に見た作品がウルグアイ舞台の『世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ』だったし、去年はブラジルにもウルグアイにも行ったので何かと縁があるかも。
明日こそ、なんとか家からでなくては(笑)。


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2020年05月24日

東京の緊急事態宣言はまだ続いています。(暁)

北海道と東京、神奈川、埼玉、千葉の首都圏1都3県以外はすでに先週緊急事態宣言が解除されましたが、私が住む東京はまだ続いています。そろそろ明日25日には解除されるかもしれないというような状態です。でも宣言が解除されても、すぐには元にもどらないかもしれませんね。
今回、映画館も閉鎖され、試写室も閉じられ、映画はオンライン試写とかDVDとかで対応というのが多かったのですが、さらにオンライン配信での映画公開というのまで出てきました。普段Wi-Maxでパソコンを使っている私のパソコンでは動画を見るというのは厳しい状態です。緊急事態宣言が解除されても、すぐには元のようにはもどらないでしょうから、6月もオンライン試写というのが多いのかもしれません。なので、パソコンを新しくするときに対応できるように備えないといけないかも。
持病もちの私は、4月3日から自宅にこもっていので、もう1ヶ月と3週間自宅にいます。それまで、1週間のうち月曜〜金曜日の4^5日は出かけていたので、こんなに長い間、家にこもっているのは初めての経験でした。
自宅はアパートで狭いので、なかなか動けず運動不足です。、1ヶ月くらいすぎたころには、体の調子が悪くなり、歯茎から血が出て止まらなくなったり、むくみが右足に来て足がパンパンになったりしたのですが、これは運動不足で老廃物が溜まってしまった結果のようです。あるいは心臓病の影響で、肺に水が溜まってしまった影響かもしれません。いつも薬をもらいに行っている主治医の先生に相談したところ、利尿剤を1粒多く出してくれて、そういう状態になったときには多く飲むようになって、それは少し解消されたようです。そして、もう2ヶ月以上何を食べてもおいしくないと感じる状態で食欲もなく、便秘のような状態が続いています。もっともその状態なので、そんなには太くならずにいるのかもしれません。これ以上太ったら困ります(笑)。動けなくなってしまう
それでも、そろそれ緊急事態が解除されそうなので、そろそろ散歩でもと思って4日ほど前から少しづつ外に行き始めました。でも少し外を歩いただけでも息が切れすごく疲れます。なんとか、その状態を脱することができるといいのですが…。
1週間ほど前にパソコンのマウスが壊れてしまっていたので、一昨日は、隣駅の吉祥寺にあるヨドバシまで行き、新しいマウスに買い替えました。そして、昨日は2ヶ月ぶりくらいにレストランに行き外食しました。借りているアパートの更新が6月で、保証人の判が必要だったので妹に来てもらい判を押してもらうためです。いつもだったら私が妹のところに行くのですが、この状態だから、私はまだあまり動かなくていいように来てくれたのでした。
というわけで、昨日まで3日続けて近所にでかけているのですが、家にいるだけで、あまり動かないでいたものだから、カートを杖代わりにヨタヨタと歩く状態になっています。今までだったら10分くらいで歩けたところが30分くらいかかってしまったり、やはり体力の低下は明白です。ちゃんと元に戻るだろうかと心配。
それでも外に出られるようになったら、やることはいっぱいあります。歯医者も途中だったし、美容院にも行かないと髪がかなり伸びてしまい、じゃまでしょうがありません。暑くなってきたし髪を短くしたい。
そしてなによりも、どこか旅行に行きたいです。それにおいしいものも食べたい。そうしたら食欲も戻ってくるかもしれません。ああ、いつになったら元の生活が戻ってくるのでしょう。あるいは体力落ちたまま戻らないのかもしれません。そうなったら、そうなったで対応できるように考えなくては。
posted by akemi at 21:24| Comment(0) | イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月10日

新型コロナウイルスで自粛しています(暁)

持病持ちの私は自粛して4月3日から映画にも行かず家にこもっています。5月になったら出かけられるかなと思っていたのですが、まさか1ヶ月以上家にいることになるとは思ってもいませんでした。家の外に出たのは近所の医院に薬をもらうための処方箋をもらいに行ったのと薬局、スーパーに買出しに行った3回だけ。そのどれもが歩いて2,3分のところにあるので外出範囲は50メートル以内(笑)。
その間、家に溜め込んでいた食料と、近所のスーパーで野菜とか肉とか買うだけで、なんとかしのいでいます。でも家に溜め込んでいたものがこんなにたくさんあるとは思ってもいませんでした。なんとかなっています(笑)。麺類、乾物、缶詰などなど。久しぶりに点検したら賞味期限がすぎていたのもけっこうあり、あわてて食べました。捨てたものもいくつか。
1ヶ月以上家にこもっている間に、季節は冬から春、そして初夏になってしまっているようです。外は暑い日もあるくらいなのに、家の中では昨日の夜には足元に電気ストーブをつけたりしています。
そして、やっと一昨日、1ヶ月ぶりくらいに、家から100メートル以上の遠出(笑)をしました。家賃を納める必要があったので銀行に行き、久しぶりに駅のそばのスーパーにも行きました。近くのスーパーでは売っていないアスパラガスやサヤエンドウ、それに筍も買いました。春を感じる野菜を買って、昨日はさっそく茹でて食べました。久しぶりのそのスーパーだったのでいろいろ買っていたら、すごい金額になってしまいました。スーパーでいっぺんにそんなに買い物をしたのは初めてかも。
旬の野菜だけでなく、牛肉やサーモンを買い、緑色の新物ザーサイの漬物もみつけたので買ってしまいました。2つで600円近くもして迷ったのですが、先月食べたいなと思っていたのを思い出し、この際だからと買ってしまいました(笑)。これまで買い物をしていたときは、1回の買い物はせいぜい2000円くらいだったのですが、今回は3倍以上の金額。たくさんの買いものをして重くなったので春キャベツは近くのスーパーでと思ったら、やはり新鮮なものがなくて、やっぱり買っておけばよかったかなとあとで思いました。やっぱり季節を感じる食べ物を食べられるというのはいいですね。このところ駅からはバスなのですが、久しぶりに歩いて帰ったらかなり疲れました。でも少し気持ちは晴れました。
この日はサーモンをムニエルにして、一緒に買ってきたアスパラやのらぼう菜などの茹で野菜、生のにんじん、セロリのスティックと一緒に食べました。久しぶりのごちそう。そして去年2月にウルグアイで買ってきた赤ワイン(DON PASCUL)を開けました。この2ヶ月くらい酒類はほとんど飲まず控えていたけど、開けたからには飲まなくては(笑)。このワインは去年2月ウルグアイのワイナリーで買ってきたもの。日本ではチリのワインはけっこうあるけど、ウルグアイのワインはほとんど置いているところはないので貴重といえば貴重。でもやっぱり赤ワインは苦手かも。やっぱりちょっと渋い。私は白ワイン党と認識しました。同じ時に買った白ワインはおいしかったんだけどね。白ワインは、去年春にとっくに飲んでしまいました(笑)。
この赤ワインは下記スタッフ日記最後のところに掲載したもの。

一升瓶に入ったワイン 「五一ワイン エコノミー」を買ってみました
http://cinemajournal.seesaa.net/article/472972369.html

もう、家の周りを散歩くらいしてもいいかもと思っているのだけど、まだ油断禁物かしら。気持ちのよい季節なのにと残念です。それに山菜料理も食べに行きたいけど、5月下旬でもまだ旅行は無理かな。6月じゃ、もうタラの芽のてんぷらはもうないかな。姫タケノコくらいはあるかも。
足がむくんでいるいるので、心臓手術をした病院にも行きたいのですが(1年に1回の診察がほんとは4月でした)、友人に相談したら「感染病に対応しているのはこの病院だよ」といわれ、まだこの病院に行くのは危険かもと迷っています。
試写の中止案内や映画公開の延期案内もまた来ているし、映画館もやっていないので、まだ家にいないといけないかも。ネットで映画とか言っているけど、私のパソコンはユーチューブも見れないほど、動画を見られる環境にないので、それは無理。でもそろそろ映画を観たい!



posted by akemi at 21:36| Comment(0) | イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月08日

イラン人監督が「ハイファに戻って」をもとに描いた『生存者』 (咲)

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コロナウィルス感染予防のための自粛で、2月29日〜3月1日の藤沢でのイラン映画祭も、3月1日のイラン大使館チャリティーバザーも延期になる中、予定通り開催しますとの案内をいただき、東大でのイラン映画上映会に参加してきました。

上映作品 『生存者』  原題:bazmandeh   
監督:セイフォッラー・ダード Seyf Allah Dad   イラン/1994年

日時:3月3日(火)18:30〜21:00
場所:東京大学構内書店 建物3階(消費生活協同組合の部屋)
会費:500円(イラン紅茶お菓子資料代)
主催:イラン親善大使グループ

原作は、パレスチナ人作家ガッサーン・カナファーニーの「ハイファに戻って」
1948年、イスラエルがハイファに侵攻し、パレスチナ人のサイード夫妻は、家で寝かせていた赤ん坊だった一人息子を迎えにいくことができないまま、ハイファを追い出されてしまう。
20年後、ハイファに戻ったサイード夫妻は、自分たちの家に住みついたポーランド出身のユダヤ人夫妻によって息子がユダヤ人として育てられたことを知る。
そして、ハイファの懐かしいはずの我が家も町も、かつてのハイファではないことを思い知る。

原作では、20年後にハイファに戻った夫妻の喪失感が描かれているのですが、イラン人監督が描いた『生存者』は、1948年にパレスチナ人が故郷を追い出された時代だけを描いています。ハイファに戻ったところを描いていないので、小説「ハイファに戻って」にインスパイアされて描いた物語という位置づけになると思います。

★映画『生存者』 あらすじ
1948年4月9日、パレスチナのデイル・ヤシーン村で虐殺事件が起こり、5月14日、イスラエルの建国宣言がなされた頃のハイファ。
パレスチナ人の医者サイードは、駅の爆破事件に出くわすが、仕掛けたのが幼馴染のユダヤ人シモンだと知り、警察に通報する。だが、警察は犯人逮捕に動かない。やがて、パレスチナ人は1週間以内にハイファを出ろと言い渡される。サイード夫妻は、家で寝かせていた生後数ヶ月の息子ファラハンを迎えに行くことができないまま町を出る。
ユダヤ人の入植に手を貸しているシモンは、サイードたちの家にポーランドからやって来たユダヤ人のクシン夫妻を住まわせる。子どものいない夫妻は、置き去りにされていた赤ちゃんをムーシェと名付け、わが子として育て始める。それを知ったサイードの母サフィエは、自分はその子の乳母だったと偽って、子守役として雇ってもらう。
クシン夫妻がテルアビブで映画を撮ることになり、サフィエも列車に乗って同行することになる。だが、サフィエは夫ラシードから、その列車は爆破予定があるから乗ってはいけないといわれる。ところが、列車に爆破装置を仕込んだスーツケースを持って乗り込む予定だったラシードが撃たれてしまう。サフィエがスーツケースを持って乗り込むことになる・・・


映画は、サフィエが爆破装置のスイッチを入れ、赤ちゃんを抱いて列車を飛び降りるところで終わりました。
その後、どうなったかは描かれていないのですが、少なくとも原作とは全く違う展開。
そこがイラン風?!

この上映会を企画した山本純子さんは、イランに住んでいた20年程前、テレビ放映されていたのを観て、いつか日本語字幕をつけて皆に観てもらいたいと思っていたそうです。 

イスラーム暦ラマザーン月の最後の金曜日が「世界エルサレムの日」とされていて、イランでも各地でデモ行進が行われるのですが、この『生存者』は毎年、この日にテレビ放映されているのだそうです。

セイフォッラー・ダード監督は、アラブ人の俳優を使って、シリアで撮影。もとの映画はアラビア語ですが、この日に観たものは、イランのテレビで放映されたペルシア語吹替え版に日本語字幕をつけたもの。(字幕:田島和歌子さんが担当。監修:山本純子さん)
イランの吹替えは上手だなぁ〜といつも思うのですが、本作もとても自然。でも、パレスチナ人もユダヤ人も、さらにポーランドから来たユダヤ人もペルシア語を話しているのは不自然。全員がアラビア語を話していたとしても変。少なくともポーランドから来たユダヤ人とは意思疎通できないはずでしょう。(ま、それは映画ですから!)

それは差し置いて、1948年にパレスチナ人が追い出されたときの様子や、故郷を去ったパレスチナの人たちの喪失感がよくわかる映画でした。
着の身着のままでやってきたユダヤ人に、パレスチナ人を追い出したあとの家を居抜きであてがっている場面が特に胸に迫りました。パレスチナ人が置いていった衣服も、サイズを手直しして着るのですが、そんなことがよく平気で出来るなぁ〜と。

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撮影:近内恵子さん

ところで、この上映会が行われた「東京大学構内書店 建物」は、第二食堂の入っている3階建てのビル。東大病院の並びの奥のほうにある古い建物。
私の父は、昭和18年12月に学徒出陣し、終戦後、昭和21年4月に東大に復学。
翌年、友人と二人で立ち上げた映画文化研究会の集まりでこの建物の3階の会議室を使ったことがあるとのこと。どのあたりの部屋だったのかなぁ〜と思いを馳せました。
夜中に食堂に行って、煙草の吸殻を拾い集めて、英和辞書の紙で巻いて吸ったことがあるそうです。
入口正面の螺旋階段で上の階にあがるのですが、父に話したら、変わってなさそうだねと。外装は工事中でしたが、いつまでも残してほしい凝った建物です。



posted by sakiko at 21:38| Comment(0) | イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする