2020年09月20日

トルコ映画『父と息子』トルコ料理付き上映会 (咲)

9月20日からアジアフォーカス・福岡国際映画祭が始まりました。コロナ禍でゲスト登壇はなく、上映のみの開催ですが、やっぱり行きたい! 毎年福岡でお会いする方たちにも会いたい! 20日から1泊2日で行くことを画策していましたが、数日前に父に打診したら難色を示され諦めました。シネジャのミッキーさんが、5日間全日程参加されるので、報告を楽しみにしたいと思います。

アジアフォーカスのサイトに、「コロナ禍のアジア映画」として、ゆかりのある外国の監督たちからのビデオメッセージがアップされています。中でも、トルコのレイス・チェリッキ監督の言葉にはほろっとさせられました。
こちらで視聴できます。
https://www.youtube.com/channel/UCvkoNYt0vET4kQj4oSIAAFg/

で、予定が空いてしまった20日に開催されるトルコ映画上映会を見つけたので、参加してきました。
第14回トルコ発シルクロード・シネマ・トリップ〜トルコ映画『父と息子』
というイベント。
このシリーズ、実は前から気になっていたのですが、トルコ料理付きで3000円(リピーターは2500円、ペアなら二人で5000円などの割引あり)は、ちょっと高いと敬遠していたのです。今回は福岡に行ったつもりで、奮発♪

会場は、代々木上原の東京ジャーミィ(モスク)隣りのユヌス・エムレ インスティトゥート東京(トルコ文化センター)。
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(トルコ文化センターから観たモスク)
このところ、モスクへは私は京王線笹塚駅から歩いて行くのですが、笹塚駅を降りて道すがら、イチジク「博多とよみつひめ」が目に飛び込んできました。398円♪ 毎年、映画祭の合間に中洲川端商店街の八百屋さんで買っていたイチジクです。お値段も博多なみにお安くて、アジアフォーカスに行けなかったご褒美かなと。

受付開始の1時半ちょっと前に到着。
会場は、ユヌス・エムレ インスティトゥート東京 地下1階ホール。
かつてトルコ人学校のあったところに、去年新築された建物。地下があるのは知りませんでした。階段式の立派なホール。キャパ126席。コロナ感染予防で、定員40名での開催。

席を確保して、2階のギャラリーで開かれている「ミニアチュール(細密画」「テズヒープ」作品展を観にいきました。友人の青木節子さんはじめ皆さんの緻密で美しい作品にうっとり。

2時。『父と息子(Babam ve Oğlum)』上映会開始。
上映前に、主催者 KeyNotersさんの女性の方から、本作が公開時、トルコ映画史上最高の観客動員数を記録した金字塔的作品で、涙なしには観られない映画、ハンカチのご用意をと。
『父と息子』は、このシリーズの第1回に上映された映画。ユヌス・エムレ インスティトゥート東京の岡部誠一さんから、今回、日本語字幕をよりわかりやすいものに変えたこと、最後の歌の字幕も忘れずにみてくださいと一言ありました。

『父と息子(Babam ve Oğlum)』
監督:チュアン・ウルマック
出演:フィクレット・クシュカン、チェチン・テキンドル、フメイラ
2005年/トルコ/128分

*物語*
新聞記者サードゥック。編集長が臆病で原稿を没にされたと臨月の妻に嘆く。真夜中に妻が産気づくが、車が1台も通らない道端で、妻は男の子を産み落として亡くなってしまう。夜が明け、軍の車が来て、クーデターが起きたと教えられる。
その後、収監され拷問を受けるサードゥック。出所し、姉ファトマと暮らし、息子デニズの面倒をみてもらっていたが、ある日、サードゥックは姉に実家に帰ると伝える。
父フセインは大地主。跡を継いでほしいと、農学部で学ぶためにイスタンブルに行かせたのに、報道を学んでアナキストになったとフセインは不機嫌だ。刑務所に入っていたのを知らなかったと母。息子と孫を、フセイン以外の一族は大歓迎する。
一方、デニズは、父が自分をここに置き去りにするのではと不安でならない。実は、サードゥックは拷問で身体を壊し、行く末が心配でデニズを連れて帰ってきたのだった・・・

原題Babam ve Oğlumは、「私の父と私の息子」の意味。
サードゥックを主人公に、その父フセインと息子デニズの3世代の物語。父が息子を、息子が父を思う気持ちはすれ違いながら、寄り添っていく様に胸が熱くなりました。
サードゥックは、親も認めた許嫁のビルギュルを捨ててイスタンブルに行ってしまい、何年も泣いていたビルギュルは結局メフメットという男と結婚。病床にいるサードゥックに会いにきたビルギュルは、息子にサードゥックと名付けたかったけど夫に悪いから別の名にしたと打ち明けます。「心の中では息子はサードゥックよ」と。好きだった人の名前をこっそり付けることってありそう・・・

上映が終わって、KeyNotersさんの女性とユヌスエムレの岡部誠一さんが再び登壇。30分にわたって映画の背景や出演者について解説してくださいました。

サードゥックの奥さんが産気づいたのは、1980年9月12日の軍事クーデターがあった日。1970年代後半の政治混乱に終止符を打つため、参謀総長ケナン・エヴレン率いる軍首脳が起こしたもの。左翼を中心に約65万人が拘留され、23万人が起訴され、約300人が刑務所で亡くなったそうです。サードゥックも犠牲者の一人という次第。
1983年後半に民政移管されるまで、トルコは軍事政権下にありました。
私が初めてトルコを訪れたのが、1983年のGW。日本の旅行会社主催のツアーだったのですが、バスが道中あちこちで検問にあい、一度、アンカラ近くの軍の施設に行ったのを思い出しました。荷物検査だったように思います。その後、ユルマズ・ギュネイ監督の『路』を観たら、バスが軍に止められる場面が出てきて、まさに同じ!と。  
思えば、暗い時代だったはずなのに、トルコの人たちは旅人を優しくもてなしてくれました。

サードゥックの実家の地名は出てこないのですが、ヒントになるのが車のナンバープレイト。「35 DM 510」とあるのですが、35はイズミル県。
上映前に流れていた歌は、イズミル出身の国民的歌手セゼン・アクスだったとのこと。どうりで懐かしいと思ったのでした。

最後に出演者の紹介がありました。
印象に残った兄サリム役のYetkin Dikincilerさんは、このサリム役でブレイク。「オスマン帝国外伝〜愛と欲望のハレム〜 」シーズン4の第9話から出演しているとのことで写真を見せてくれたのですが、え?この人だったのと。
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また、スレイマン大帝役のHalit Ergençさんも、『父と息子』に出ていたのですが、わからなかった・・・ というか若かった。

解説も終わり、2階の本に囲まれたカフェに場所を移して、美味しいトルコ料理をいただきながらの交流会。モスクの見える窓辺の席でご一緒させていただいた3人の女性たちは、前にこの映画上映会でお知り合いになったとのこと。楽しいひと時を過ごすことができました。
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メニューは、映画にちなんでイズミル・キョフテ(エーゲ海沿いの街イズミル風ハンバーグ)がメイン。野菜たっぷり添えたトマトソース味。
サイドメニューは、ラハナ・サラダ(ちょっと酸っぱくて辛いキャベツサラダ)、セブゼ・クザルトマ(野菜の揚げ物にヨーグルトソースかけ、姉のファトマさんが泣きながら作っていたものだそう)、フムス(ひよこ豆のペースト)、イルミック・ヘルワ(セモリナ粉のデザート。これもイズミル風)
今回からコロナ対策で、お弁当容器に入れての提供になったそうです。食べきれない量だったので、メインを半分持ち帰りました。

次回、「第15回トルコ発シルクロード・シネマ・トリップ〜『ハッピーエンドができるまで(Patron Mutlu Son Istiyor )』は、10月16日(日)14:00〜1700。
カッパドキアを舞台に繰り広げられるラブコメです。
https://silkroad15.peatix.com/

posted by sakiko at 23:55| Comment(0) | 映画鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月23日

「存在を知ってもらいたい」2本(白)

『ブリット=マリーの幸せなひとりだち』 『パブリック 図書館の奇跡』の2本を有楽町で観てきました。不要不急の外出になっちゃうんでしょうか?私には必要なんです〜。そんな映画ファンで劇場は満席になっていました。定員半分以下なので収入も半分以下です。内容はリンクした作品紹介を見てね。
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原作本「ブリット=マリーはここにいた」(早川書房)も読みました。紹介所の女性とのやりとりがずっと続いたり、事件が起きたり、もっと起伏があります。ブリット=マリーの内心も詳しく書かれています。本と映画は別物、と思う人が読んでも面白いですよ。

『パブリック 図書館の奇跡』では寒波の夜にホームレスの人たちが図書館に居座ります。シェルターが満杯であふれた人たちですが、昼間いた女性はいないんです。年取った人や女性は優先されたのかな?エンタメ作品としても面白いし、社会派映画としても見ごたえがあります。
この2本に共通していたのが、「ここにいる」「存在している」と知ってほしいということでした。
逆に言えば「認めてもらえない」「関心を持たれない」のが人間として寂しい、辛いということなんですね。(白)




posted by shiraishi at 15:07| Comment(0) | 映画鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月12日

『マルモイ ことばあつめ』そして、『世宗大王 星を追う者たち』  (咲)

東京での公開を待ちわびていた『マルモイ ことばあつめ』。
7月10日(土)、シネマート新宿で12:10からのトーク付きの回に妹と一緒に行ってきました。妹は、主演のユ・ヘジンさんの大ファン。新宿には近づきたくないけれど、やっぱり大画面で早く観たいという次第。
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*物語*
1940年代、日本統治時代の朝鮮半島。使用を禁止された朝鮮語の辞典を、命がけで作った人たちの物語。
朝鮮語学会の代表、リュ・ジョンファン(ユン・ゲサン)は、ハングルで書かれた書籍を扱う書店を営みながら、周時経氏の遺した原稿を基礎とした辞典作りをしている。父は親日派で、息子である彼にも創氏改名するように圧力がかかっている。全国の朝鮮語を集めて、何を標準語にするかの作業を進めているが、協力してくれていた教師などがどんどん逮捕されたりして離れていく。
そんな折、中学生の息子の学費のために、ジョンファンのかばんを盗んだパンス(ユ・へジン)を、ひょんな縁で朝鮮語学会の雑用係として雇うことになる。何度も刑務所に入ったパンスのムショ仲間が各地方の方言の生き字引として手助けする・・・

シネジャ 作品紹介

◆上映後トーク
真鍋祐子さん(東京大学教授)と佐藤結さん(映画ライター)が登壇。
映画の背景となった日韓併合時代や、映画の内容について30分程、トークが行われました。
1910年、日韓併合。
1919年、31独立運動。
独立運動の流れで、1921年、ハングル学会結成。
1937年、日中戦争。国家総動員。
1939年、朝鮮語教育や、新聞での朝鮮語使用禁止。

「ことばあつめ」は、暴力によらず、民族を守ろうとする運動。
映画は、1945年に日本が負け、1947年に辞書が完成したところで終わっています。
「その後の朝鮮戦争と南北分断を思って、韓国の人たちは映画を観て、切ない思いだったのではないでしょうか」と、お二人が語られたのが印象に残りました。

映画は、文字の読めない人物を主人公にしていて、その彼が文字を読めるようになって、小説「運のいい日」を読み、他者の人生を共有し涙ぐんでいる場面を描いていることにも、真鍋祐子さんは感じ入ったとおっしゃっていました。


◆『世宗大王 星を追う者たち』
その文字「ハングル」を作ったのは、世宗大王(1397年〜1450年)
難しい漢字ではなく、庶民にも簡単に読み書きが出来るように、1446年に表音文字である訓民正音(ハングル)を制定しました。
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映画『世宗大王 星を追う者たち』では、その世宗大王が奴婢であった科学者チョン・ヨンシルを武官として重用し、明国の影響下にあった時代に朝鮮独自の暦を作れるよう、水時計や天体観測機器を開発したことが描かれています。
民のことを思い、誰にでも読み書きできる文字を考案しようとしたこともあわせて描かれています。
世宗大王をハン・ソッキュ、科学者チョン・ヨンシルをチェ・ミンシクが演じていて、『シュリ』以来20年ぶりの共演というのも話題です。

監督:ホ・ジノ(『四月の雪』『ラスト・プリンセス 大韓帝国最後の皇女』
2019年製作/133分/G/韓国
配給:ハーク
公式サイト:http://hark3.com/sejong/
★2020年9月4日(金)よりシネマート新宿ほか全国順次公開



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2020年07月10日

『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』を観てきました

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これは試写がなくて、劇場に観に行きました。
ティモシー・シャラメ、エル・ファニング、セレーナ・ゴメスという当代の人気若手スターが出演。

ウェーブのかかった髪に憂い顔のシャラメくんは、ちょっと風変わりな大学生ギャツビーで、高いIQをギャンブルで無駄遣いしています。これが強くてギャンブラーでも暮らしていけそう。実家もお金持ちで、ぼろ儲けしたあぶく銭は彼女と豪遊。
同じ大学の彼女アシュレー(エル・ファニング)は銀行家の娘で、ゆくゆくは結婚相手にと「ママが」推しています。アシュレーは学校新聞の取材で有名監督に会いに行くことになり、マンハッタンが地元のギャツビーは案内を買って出ます。喜んで週末のお泊りデートの計画を立てるギャツビーですが、彼女は監督や脚本家、はてはスターにまで気に入られて、予定をドタキャン。ギャツビーは八の字眉です。マンハッタンを歩くうちに地元の友達チャン(セレーナ・ゴメス)に再会して、アシュレーとは違った魅力を感じます。

ウディ・アレン監督らしいお洒落な映画で、雨の中シャラメくんに町案内をしてもらった気分です。美術館デートもあり。
酔っ払ったエル・ファニングは可愛いし、映画界の内側をちょっと覗けます。しかし、ウディ・アレン監督を彷彿とさせるような脚本家役が誰かはすぐにわからず。ジュード・ロウだったとは〜!おでこがUの字+こんなに髪が後退していたっけ。
舞台がマンハッタンなせいか、綺麗でおしゃれな家や人々ばかりが登場します。映画界とセレブ界を少しは皮肉ってもいるのですが、ほんの香辛料程度。少女漫画のようなロマコメ、キャストのファンの方おすすめ。

監督・脚本:ウディ・アレン
撮影:ヴィットリオ・ストラーロ
出演:ティモシー・シャラメ、エル・ファニング、セレーナ・ゴメス、ジュード・ロウ、ディエゴ・ルナ、リーヴ・シュレイバー

2019年/アメリカ/カラー/92分/PG12
配給:ロングライド
c2019 Gravier Productions, Inc.
https://longride.jp/rdiny/
★2020年7月3日(金)より公開中
posted by shiraishi at 13:52| Comment(0) | 映画鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月07日

『その手に触れるまで』 ダルデンヌ兄弟が描いたイスラーム過激派に洗脳された少年  (咲)

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カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した『その手に触れるまで』は、ダルデンヌ兄弟が、過激なイスラームの思想にのめり込んだ少年を描いた作品。2月末から試写が始まっていたのに、なかなか観にいけないでいるうちに、緊急事態宣言が出て、試写室はお休みに。
公開まで待とうと思っていたのですが、これはやっぱり気になる・・・と、オンライン試写で拝見させていただきました。

何より、イスラーム教徒でないダルデンヌ兄弟が、どのように描いたのかが一番の関心事でした。細部にわたって、イスラームにも様々な解釈があることが散りばめられていて、イスラーム世界において過激な思想が一般的なものでないことを伝えようとする気遣いが感じられました。

*物語*
ベルギーで暮らすモロッコ移民の家庭で育った13歳のアメッド。放課後クラスのイネス先生から別れの握手を求められて、「大人のムスリムは女性に触れない」と拒否する。
母は、「イマーム(モスクの導師)に洗脳されて以来、礼拝ばかり」と嘆く。ちょっと前まではゲーム好きの普通の少年だったのに!
イネス先生がアラビア語の歌謡曲を教材にすることを提案したとイマームに伝えると、「歌で学ぶのは冒涜。教師は背徳者」と言われ、アメッドはイネス先生を聖戦のターゲットとすることを決意する。
殺人未遂に終わるが、アメッドは少年院に送られる。
更生プログラムとして農場での実習に通い、少女ルイーズから手ほどきを受けるうちに、アメッドの気持ちが少しずつ変化していく・・・


*注:主人公の名前 アメッドという表記、とても気になっています。 ここでは、プレス資料に従いました。Ahmed アフメド、アラビア語表記からだと、アフマドと、いずれにしても h の音を発音します。 フランス語だと hは発音しないからか??  また、ッ と詰まりません。
*****

このあとの結末をどう解釈していいのか、いまだ咀嚼できてなくて、もやもやしています。
観た方と語り合いたい気分です。

そも、アメッドがなぜここまで過激なイスラームの解釈を信じるようになったのか、多くは語られていません。殉教した従兄に見習ってサウジアラビアのメディナに留学したいという言葉から、従兄に感化されたのも一つの理由だと推測できます。
さらに、イマームが殉教した従兄を見習えと炊きつけているのでしょう。
何があっても礼拝の時間をきっちり守りたいアメッドですが、事情があれば別の時間に礼拝してもいいはずです。
イネス先生の「クルアーンには、他の宗教との共存を説いていると父から教わった」という言葉に対し、「イマームからユダヤとキリスト教徒は敵だと教わった」と語る場面がありました。ユダヤとキリスト教徒は同じ啓典の民とされています。アッラーは、アラビア語で神様(唯一神)のこと。アラブ人のキリスト教徒にとっても、神様はアッラーなのです。

あと、興味深かったのが、放課後クラスでアラビア語の歌謡曲を教材にすることについて親たちが語り合う場面。
クルアーンに出てこない日常に使う現代的なアラビア語を学べば就職にも有利という者。
一方で、クルアーンを学ぶのも大事。アラビア語を学ぶのは良い信徒になるためという者。
クルアーンは、7世紀に古典アラビア語で書かれていて、今もそのまま変わっていません。日常に使う文語であるフスハー(正則アラビア語・現代標準アラビア語)は。古典アラビア語を基盤に、現代社会に対応する語彙を加えたもの。

少年院に着いた時に、持っていたアラビア語の本をアラビア語のわかる係官がチェックします。「ハディース(預言者ムハンマドの言行録))はOKだけど、信憑性の薄いものもある。あとで話そう」と言われます。
ハディースは、ムハンマドが日常生活の中で語った言葉やその行動について様々な人が見聞きしたことの言行録。礼拝の仕方から、日々の暮らしでの振る舞い、戦争など、多岐にわたってムスリムとしてあるべき姿の指針になるものなのですが、原則口伝の上、イスラームの伝播と共に加えられたものもあって、信憑性の薄いものもあるという次第。
クルアーンやハディースをどう解釈するかで、同じムスリムでも行動が変わってきます。過激派は自分たちの解釈に従って行動しているというわけです。

アメッドの父親は家族を捨てて出て行ったらしいのですが、父親がいなくなってから、母親はスカーフをしなくなり酒浸り。姉も肌をかなり出した服装。それに対しても、アメッドは文句をいいます。恐らく、父親は敬虔なムスリムとして、妻や子どもに常日頃さまざまなことを押し付けていて、アメッドはそれを見て育ったという下地もあったのかもしれません。

ところで、4月末にNHK BS世界のドキュメンタリーの再放送で「テロの街の天使たち 〜ブリュッセル6歳児日記〜」(英題:Gods of Molenbeek、フィンランド制作、2019年)を観ました。ベルギーのイスラーム教徒が多く住むモレンビーク地区に住む少年たちを追ったドキュメンタリーで、モレンビークはダルデンヌ兄弟が本作の舞台に想定した場所。
「テロは私たちイスラーム教徒が起こしたものではありません」のアナウンスが流れていたのが印象的でした。
ヨーロッパでは、社会に不満のある若者などがイスラームに改宗し、過激な行動に走ることもあると聞きます。移民のムスリムの家庭に生まれて、差別や偏見を受けて過激思想に走る若者もいるでしょう。そういった人たちを本来のイスラーム教徒とは思いたくない気持ちもわかります。

◆映画の背景 (公式サイトより)
ベルギー、ブリュッセル西部に位置するモレンベークは、10万弱の人口のうちイスラム教徒が5割程度、地域によっては8割を占め、その多くがモロッコ系。(2016年時点)
そこに暮らす一部の過激派のイスラム教徒や、モレンベークを拠点として利用した過激派が、15年のパリ同時多発テロや16年のブリュッセル爆発に関与した。クリント・イーストウッド監督が『15時17分、パリ行き』のタイトルで映画化したタリス銃乱射事件の犯人もブリュッセルから列車に乗車している。ここ数年、ブリュッセルはヨーロッパにおけるテロリズムの交差点と化している。

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ダルデンヌ兄弟は、本作で過激なイスラーム思想に捉われた少年を主人公にしましたが、13歳という過敏な年齢。何かの思想や物にのめり込んでしまった青少年をどう救うかという普遍的な物語と捉えることもできそうです。


『その手に触れるまで』
原題:LE JEUNE AHMED 英題:YOUNG AHMED
監督・脚本:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ(『ある子供』『ロルナの祈り』)
出演:イディル・ベン・アディ、オリヴィエ・ボノー、ミリエム・アケディウ、ヴィクトリア・ブルック、クレール・ボドソン、オスマン・ムーメン

2019年/ベルギー=フランス/84分/1.85:1 
後援:ベルギー大使館  
配給:ビターズ・エンド
c Les Films Du Fleuve – Archipel 35 – France 2 Cinéma – Proximus – RTBF
公式サイト:http://bitters.co.jp/sonoteni/
★2020年6月12日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー!




posted by sakiko at 17:55| Comment(0) | 映画鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする