2022年11月20日

復帰しました(白)。

11月20日(日)
ようやく普通のパソコン生活に戻りました。
大きなキーボードとマウスのありがたいこと!!
息子二人に管理の悪さを嘆かれ、基本的なことも知らずに使っていた自分を猛反省。果たしていつまで、殊勝にしていられるかわかんないけれど。

紹介予定だった新作に手が回らず、たくさん積み残しました。宣伝さんごめんなさい。取材したインタビューの書き起こしも進まず、パソコンがないととっても不便でした。ただ、生活時間の中を、どれだけパソコンが占めていたかも、よっくわかりました。人生の残り時間の使い方を考えるきっかけになりました。そんな時期になったんですよねぇ。(白)

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posted by shiraishi at 20:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年11月14日

パソコンが壊れてしまいました。(白)

映画祭記事が途中で止まっています。(咲)さんが書いてくれましたが、夜に画像を取り込んで日記をと思ったら動かなくなりました。息子が呆れるような重たいゲームをしたり、うっかり通風口を塞いでいたりしたのがいけなかったのかも。小さなタブレットでポチポチ入れて、メールだけは使えるようになりました。下ばかり見て首と肩がこります。キーボードが違うので文字や記号を探すのにも四苦八苦しています。
作品紹介はほりきさん、咲さんがカバーしてくれました。謝謝。使い始めて何年もたつので、パスワードはパソコンに記憶させていちいち入れずに使えていたんです。それが、タブレットで最初から始めてみるとパスワードがわからないものばかり。冷や汗三斗。皆様はちゃんとバックアップをとり、パスワードも管理していますよね。編集時でなかったのが、せめてもの慰め・・・。(白)
posted by shiraishi at 19:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年10月23日

亡き人たちを思いながら、川越を歩きました (咲)

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秋田のユースホステルの常連仲間のS氏が天国に召されたとの悲しいお知らせが届き、10月21日、埼玉県坂戸でのご葬儀へ。東京や埼玉だけでなく、山形、高崎、福島などからもお仲間が駆け付けました。

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私がS氏に初めてお会いしたのは、実は秋田ではなく、川越でした。常連仲間の京都のM氏が川越祭に来るというので、7〜8人が集まって、川越に程近い坂戸に住むS氏が川越を案内してくださったのでした。もう45年程前のことです。京都のM氏も昨年亡くなりました。
ご葬儀のあと、川越で降りて、思い出を胸に川越の古い町並みを歩きました。

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今は、道幅がすごく広くなりましたが、45年前は半分の幅。空を見上げると、電柱と、張り巡らされた電線がとても邪魔だったのを思い出します。道幅を広げた時に地中に。でも、道幅は本来の狭いほうがいいですね・・・

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川越市政百周年のポスターが目に留まりました。この8月に亡くなった父と、初めて川越に来たのが、市政90周年の時でした。父、90歳の時のことで、川越まつり会館は、川越市と同い年ということで無料で入れていただきました。(同行の私も!)
父とは、その後、2018年9月10日にも川越を散策しています。

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その時に入った「元町珈琲店ちもと」の芋ソフトクリームがとても美味しかったので、食べたかったのですが、その前に、川越駅ビルでお仲間とお茶してお腹いっぱいだったので、ショーウィンドゥだけ眺めてきました。(写真は、2018年のもの。芋餡と芋の甘露煮が添えてあって、500円でした♪)

コロナ禍で、秋田のお仲間との恒例の新年会も、秋の角館での集まりも出来ないでいるのですが、S氏と最後にお話ししたのは、昨年4月初めのことでした。

シネジャのサイトで連絡先の「東京都練馬区上石神井4-9-2」という住所を見て、びっくりしてお電話くださったのです。実家のご住所が、最後の番地が違うだけのすぐ近くで、高校生の頃から29歳で結婚するまで住んでいて、今もお兄様ご夫妻がお住まいとのこと。このシネジャの住所は、創設者の一人Iさんのご自宅の住所。さっそくIさんにお電話したら、お兄様のことはよく知っているとのこと。
「お兄様、背が高くてハンサムと言ってきましたよ~」と、さっそくS氏にお電話したら、スピーカーにしていたらしく、隣から奥さまが「そう! お兄さんの方がハンサムなの。背はうちの方が高いけど!」と。 
(S氏は、190cm位あって、お仲間にもう一人背の高い人がいて、毎年、新年会の時に東京駅で集合するのですが、S氏とそのもう一人が目印なのです。)

「コロナが収まったら、上石神井でお会いしたいですね」と言って電話を切ったのですが、その機会がないまま旅立たれてしまいました。
いつまでも収まらないコロナがうらめしいです。
(それにしても、シネジャのサイトを見てくださっていたことに感謝!)

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川越スカラ座の看板が目に留まったのですが、「コロナ禍で、上映情報を更新していませんので劇場等で確認ください」とありました。
コロナで、ほんとに社会が様変わりしましたね。(看板の更新ができないことまでコロナのせいにしている??)

会いたい人には、会える時に会っておくことが、とにかく大事だなと、しみじみ思った川越散策でした。

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posted by sakiko at 18:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年07月18日

映画宣伝の篠さんの著作発売(白)

2022年7月18日

いつも試写でお世話になる宣伝会社MUSAの篠友子さんが小説家デビュー!
小説のネタになりそうな人生を送ってきたの?と発売されたばかりの本を読み始めました。なんと、全く予想もしなかった政治のストーリーでありました。面白かった。
「首都機能」を東京一極集中でなく、関西に分散させようと京阪神の知事たちが話し合います。そこで活躍するのがヒロインの坂本龍子。高知県の県庁職員ですが、その頭の切れと胆力は龍馬の末裔かと思ってしまうほど。
登場する知事たちのおひざ元、特に京都の描写が詳しく思わずグーグルマップを開いてしまいました。それと全国知事ファイルなんかも見たりして(笑)。篠さんは高知出身なんでしょうか?それとも京阪神?今度聞いてみようっと。キャラが立っていて、背景も浮かび映画向きなんですよ。誰がいいかなぁと妄想も楽しいです。
*篠さんは高知出身で、やはり龍馬ファンでした。京都にも長く住んだそうです。
コロナで自宅にいた間に、土地の記憶をたよりに書き上げたとは!

「うえから京都」篠友子著(角川春樹事務所刊)
四六判 340ページ
定価 1,700円+税


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紹介文
京都駅に降り立った女性の名は坂本龍子。彼女は高知県の県庁職員でありながら、政治の世界で数々の難問を解決し「交渉人」と呼ばれ、その名を馳せていた。
ある日、龍子の元に京都府知事の桂大吾から、低迷した日本経済を救うため、経済の拠点や首都を東京から関西へ移したいという依頼が入った。
この法外とも思える構想を実施すべく、京都・大阪・兵庫の三府県が手を組み、西の統一をはかるため、龍子に力を貸してほしいのだという。
しかしその裏には京都が国の政治を司る拠点として返り咲き、そして遷都までをも実現するという思惑があった――。

https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784758414197
篠さん動画も作成していました!
https://www.youtube.com/watch?v=mdt3dSeTd3g

posted by shiraishi at 14:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年05月08日

廣瀬和司写真展でカシミールに思いを馳せました (咲) 

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GW、あまり出かけなかったのですが、これだけはと、4日(水)、廣瀬和司写真展「Lost not forgotten」に行ってきました。
廣瀬和司さんがインド側カシミールで1998年から取材してきた中から、ペレット弾による被害者や行方不明者について等、人権侵害の問題を中心に構成したもの。

会期:2022年4月29日(金・祝)〜5月8日(日)最終日17:00まで
会場:「イズモギャラリー」(新宿区喜久井町29−12 art BLD 地下一階)
アクセス:https://www.izumo-corp.co.jp/image/izumogallery_map.gif
HP:https://www.izumo-corp.co.jp/gallery.html

展示された写真約40点のほか、スライド80点や動画もあって、1時間ちょっと会場にいましたが、まだまだ時間がほしかったです。(後の予定があって退出)

私が着いた時に、シュリーナガル出身の男性と、その日本人の奥様のカップルがいらしてました。観光客もたくさん来て、いいところだったのに、1989年以来落ち着かなくなって・・・と。
実は、私はその1989年9月に、シュリーナガル経由ラダックに行くツアーに申し込みしていて、状況が急に悪化してツアーキャンセルになったのでした。
イスラーム文化圏のカシミールから、徐々に山をあがってチベット文化圏に変わるのを観たくて選んだツアーでした。
シュリーナガルの蓮の花が咲く中を行くボートや、ハウスボートのホテルの写真に憧れてのことでした。その後、ラダックには行きましたが、デリーから飛行機で飛んだので、カシミールは未踏の地。
コロナ前には、ツアーも出ていて、実際に行った方は落ち着いていると思った方も多いようです。
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でも、写真展では、行方不明になった家族の写真を掲げて探す人たちや、目をそむけたくなる酷い写真がいっぱい・・・
それが今も続くカシミールの現実なのだと思いました。
何か大きな紛争や暴動が起こらないと報道されません。

今、報道はウクライナ一色!
アフガニスタンもミャンマーもシリアも忘れられているのに、カシミールはさらに忘れ去られてますよね・・・
あ、パレスチナも・・・ さらにほかにも忘れられているところがありますね・・・


写真展は今日で終わってしまいますが、
廣瀬和司さんの活動報告はこちらでどうぞ!
カシミール報告 アジアプレス・ネットワーク内
https://www.asiapress.org/apn/author/hirose/

カシミールでの紛争を描いた映画で思い出すのは、最近だと『バジュランギおじさんと、小さな迷子』。こちらは、ラスト、緊迫感がありながら、迷子になっていた少女がインド側からパキスタン側にわたる姿にほのかな希望を抱きました。

カシミールでのテロに『バジュランギおじさんと、小さな迷子』を思う(咲)
http://cinemajournal.seesaa.net/article/464190452.html

もう1作、思い出したのが、2011年のアジアフォーカス福岡国際映画祭で上映された『カシミールの秋』。こちらは、カシミールで暮らす人たちの日々の苦悩を感じさせてくれるものでした。 当時の日記をここに再掲しておきます。

スタッフ日記 2011年9月第4週
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『カシミールの秋』(インド)のアーミル・バシール監督にインタビュー。紛争の続くカシミールで不安におののきながら暮らす庶民の日々を描いた作品。監督は、温和な面持ちの美男子。インドというより、イランかトルコかはたまたラテン系の雰囲気。カシミールは印パ分離独立前、マハラジャはヒンドゥー、住民のほとんどがムスリムだけど、平穏に暮らしていた藩王国。監督いわく、軍隊に志願する人もなく、本来闘わない人たちなのだそうです。インド軍の駐留する状態が早くなくなって欲しいと静かに語ってくださいました。

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廣瀬和司写真展会場の「イズモギャラリー」は
東京メトロ東西線「早稲田駅」2番出口 徒歩6分
都営地下鉄大江戸線「牛込柳町駅」東口 徒歩7分
都営地下鉄大江戸線「若松河田駅」 徒歩9分
という立地でした。

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「牛込柳町駅」東口を出て、会場に向かう道の右手にあった天祖神社が素敵でしたので、オマケ!




posted by sakiko at 13:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする