2023年09月24日

彼岸花(白)

thumbnail_IMG20230921134522.jpg

いつまでも続くと思われた残暑もようやく終わりそうです。ほんとに暑い夏でした。それでも彼岸花が暦通りに咲いていて、もうお彼岸と気づきました。
NHKの朝ドラですっかり全国的に浸透した感のある、植物学者の牧野富太郎氏。エピソードは山ほどある人なのに、ドラマは今週までなので名残惜しいです。
先週大泉にある牧野記念庭園に行ってきました。ドラマでも関東大震災後、奥様が「標本と牧野氏を守るために手に入れた」と語っていた場所です。現在は練馬区が管理していて、住宅地の中の小さな植物園といった趣です。ちょうど赤と白の彼岸花が咲いていました。資料室には、晩年まで過ごした書斎が再現されていました(1957年94歳没)。びっしりの本棚も床にも積まれた本に圧倒されます。雑然としているように見えますが、どこに何があるか全て把握されていたそうです。なんという記憶力!

thumbnail_IMG20230921135456.jpg

こちらは牧野氏が長い間奉職されていた小石川植物園。施設の老朽化で標本の品質低下が危ぶまれていると朝日新聞記事を読みました。(白)

thumbnail_IMG20230922095412.jpg

後援会会員募集中 https://www.bg.s.u-tokyo.ac.jp/common/koenkai/
ご寄付はこちら https://utf.u-tokyo.ac.jp/project/pjt08

posted by shiraishi at 13:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年09月10日

札幌行き(白)

thumbnail_IMG20230904141818.jpg

thumbnail_IMG20230904133821.jpg

コロナ禍で3年お休みしていた高校の同期会がありました。一堂に会して食事をした後、2次会は各クラスに分かれます。
いまだに続いてるの?と驚かれますが、歳をとって仕事をリタイアすると長ーくなってしまった過ぎて来た道を振り返り、「あのときあんなことがあった、こんなことがあった」と懐かしく思い出します。さっき置いた眼鏡の場所は忘れるのに(笑)。
みんな共通の思いなのか出席者は意外に多くて、かくいう私も東京からクラスメートと飛んでいきました。幹事は回り持ちで、今年はまとまりの良いクラスが当番。出席率も一番です。話に花が咲いて、円卓にたくさん並んだ料理はずいぶんと残してしまいました。美味しい物を少しだけの年齢です。
印刷した名簿に出席証書(笑)、懐かしの担任の声や校歌が聞けるQRコードのカード(これは卒業時にもらったソノシートが音源だとか)。ソノシートをどこかから掘り出しても、プレイヤーがないので聞けません。今は亡き担任の先生の若い声にほろりとしました。グッジョブ!幹事さん。

上の画像は昔からの繁華街「狸小路」に7月20日にオープンした「AOAO SAPPORO」という水族館。大小の魚が回遊する大水槽などでなく、小さめの水槽で地味目なお魚にスポットをあてています。脇役が主役。並んでいる関連書籍はあちこちにある椅子に座り、ゆっくり読むこともできます。軽食がとれるコーナーもあり、静かで大人向けかな。

子どもの頃から夏休みの定番「おたる水族館」にも行きました。本館は高台で、海へ降りていくとトドやセイウチ、アザラシなど海獣のゾーンがあります。幼稚園の団体が入っていて賑やかでした。帰りに寄った小樽運河沿いの商店街は、しばらく来ないうちにすっかり街並みが整備されて、川越のようでした。新しい店も古い建築に倣って渋い作りです。こちらは高校生の団体でいっぱい・・・。
お悔やみもありましたが、高齢の母・姉妹・弟は元気です。先がだんだん短くなるので、また来年愛を運ばなくてはと帰京しました。相変わらずポカをやりましたが、ここに書かず一人反省。
暑い熱い夏でした。まだ残暑厳しい日々、皆様お元気で。

posted by shiraishi at 19:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年09月03日

退院して、少しづつ活動始めています(暁)


5月に入院し心臓弁膜症の手術をし、リハビリを続けてきましたが、8月14日に退院しました。ほんとは7月末までに退院したかったのですがなかなか退院できず、8月になってしまいました。
退院してすぐ17日には手術をした病院の診察があり、18日には『鉛筆と銃 長倉洋海の眸(め)』の河邑厚徳監督と長倉洋海さんへのインタビューを咲さんがするというので参加させてもらいました。
実はこれがあったので、なんとか8月14日には退院したかったのです。河邑監督には、『笑う101歳×2 笹本恒子 むのたけじ』(2017)の時にインタビューしていますし、前作『丸木位里 丸木俊 沖縄戦の図全14部』(2022)の時は、入院中でインタビューには参加できず残念だったので、こちらの作品ではぜひインタビューしたいと思ったのです。

●P1180081補正_R_R.jpg
河邑厚徳監督

*参照 シネマジャーナルHP 特別記事
『笑う101歳×2 笹本恒子 むのたけじ』河邑厚徳監督インタビュー
(2017/7/7)

『丸木位里 丸木俊 沖縄戦の図全14部』河邑厚徳監督インタビュー
2023年07月12日
東京都写真美術館ホール2023年09月12日(火)〜09月24日(日)上映

長倉洋海さんに関しては、写真展には何度も行っていたので、このインタビューにはぜひ参加したかったのです。
報道写真を目指したきっかけ、あゆみ、そして故郷釧路で暮らしている現在まで、長倉さんが40年余りに渡って写真を撮ってきた思いについて語ったドキュメンタリーです。
アフガニスタンでのマスードとの出会い、アフリカ南部のローデシア(ジンバエブ)、南アフリカ、ソマリア、レバノン、ソ連軍侵攻下のアフガニスタン、ラオス難民キャンプ、カンボジア、フィリピンなどの取材のこと。
マスード亡きあと彼の意志を引き継ぎ、NGO「山の学校支援の会」を設立し支援。毎年のようにパンシール渓谷の学校を訪問、子供たちの成長を撮り続けている姿を追う。
●P1180096補正_R_R.jpg
長倉洋海さん


試写は、8月21日に『マルセル・マルソー 沈黙のアート』に最初に行き、そのあと次の日以降『ヒッチコックの映画術』『ジャン・リュック・ゴダール 反逆の映画作家』『国葬の日』などの作品が続き、退院して31日までに8本の試写を観ることができた。9月1日にはベトナム映画祭に行きベトナム版『パパと娘の7日間』を観て、さらに試写を観ることができなかった『卒業 〜Tell the World I Love You〜』を観た。

土日はシネジャHPの原稿まとめと思っていたら、「GOOD LIFEフェア2023」が開催されている東京ビッグサイトで『カムイのうた』のイベントがあり、主人公を演じている吉田美月喜のアイヌ民族の楽器・ムックリの生演奏! 主人公を演じた島田歌穂がユーカラを生披露!という情報が入り、それは行かねばと思い、出かけた。
全てのものに神が宿ると信じ、北海道の厳しくも豊かな自然と共存してきたアイヌ民族。その生活や文化は和人が入って来て奪われてしまった。生活の糧であった狩猟・サケ漁が禁止され、住んでいた土地も奪われ、アイヌ語が禁止された差別と迫害の歴史。
1903年生まれの知里幸恵さんは差別の中で生きた少女。成績優秀にもかかわらず、アイヌという理由で希望する学校への進学が許されなかった。幼い時からユーカラ(詩物語)を聞いて育ち、アイヌ語学者の金田一京助教授から勧められ、文字を持たないアイヌ文化を初めて日本語に訳したそうです。それは失いつつあったアイヌ文化の文字での継承であり、アイヌ民族に自信と誇りを与えるものでした。そんな知里幸恵さんのことを画いた作品。
幸恵さんは19歳で亡くなってしまったそうですが、その幸恵さんを演じたのは、撮影時同じく19歳の吉田美月喜さん。東京出身ながら、一生懸命アイヌのことを勉強し、ムックリも練習して鳴らせるようになりました。島田歌穂さんはユーカラを奏でる、幸恵の伯母の役だそうです。
お二人の演奏と歌、素晴らしかったです。菅原浩志監督も登壇し、映画の話の後、3人でもユーカラの歌と演奏をしました。
また、知里幸恵の記念館館長の木原仁美さんも登場し、幸恵さんの話の後、ムックリの演奏がありましたが素晴らしかったです。やはり長年修行した人の、音の厚み、響きは全然違いました。
△P1180270補正_R_R.jpg
左から菅原浩志監督、吉田美月喜さん、島田歌穂さん、木原仁美さん


この作品の公開は、11月に北海道で先行公開。他の地方は来年以降の公開のようです。
菅原浩志監督は北海道東川町で毎年開催される写真甲子園を題材に『写真甲子園 0.5秒の夏』(2017)を製作。
この『カムイのうた』は東川町が企画協力し製作している。
『カムイのうた』公式HP

このイベントのあと、いくつかのブースをまわってみましたが、興味深いブースがたくさんありました。
8月14日まで3か月近く入院していたものとしては、今後は宅配便が必要になるかもと思い、パルとか東都生協の宅配システムが気になり、資料をいただきました。また、病気の影響で足がむくんでいるのですが、紅花のコーナーで売っていた紅花グッズを3種類買ってみました。オイルとバームは血流をよくする働きがあるとのこと。また石鹸は肌をすべすべにすると言っていました。高いのでお試し程度のものしか買えませんでしたが、もし効き目があるようなら、来月山形国際ドキュメンタリー映画祭で山形に行くので、また探してみようと思います。
ここにいた方は紅花を栽培して、みずからそれらの製品を作っている方でしたが、『紅花の守人』という映画の話で盛り上がりました。紅花というのは「紅」の色の材料というイメージでしたが、それ以外にも効能が結構あるようです。
以上、有意義なイベントを見せていただきとても参考になりました。

特別記事『カムイのうた』劇場公開前のトークイベント! 記事はこちら

posted by akemi at 21:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年07月17日

イランの絵本展@成増 そして川口のSKIPシティへ (咲)

7月15日(土)、私にとっての暑い夏の風物詩、成増のPatinaさんでのイランの絵本展と、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭をハシゴしてきました。
PXL_20230715_031935025.jpg
まずは、副都心線で地下鉄成増駅へ。
成増のPatinaさんでのボローニャ国際絵本原画展@板橋区立美術館の関連企画としての絵本展も、今回で10回目! 今回のテーマは、「ネコがどこかにいる絵本」。
PXL_20230715_024257604.jpg
イランの絵本や雑貨も楽しみですが、なんといっても愛甲恵子さんプロデュースによるイラン料理のランチが美味しくて、毎回、こちらもお目当て!

2時からSKIPシティ国際Dシネマ映画祭2023のオープニングなので、11時半の開店を目指して行って、大急ぎで絵本をみて、ランチもいただいて、12時20分にはPatinaさんを後にするというあわただしさ。
愛甲さんにもお会いできて嬉しいひと時でした。
ネコが主人公の絵本もあれば、ネコの絵はたくさん出ているのに、文中にネコが全然出てこないのもあると、愛甲さん。

そして、20周年のSKIPシティ国際Dシネマ映画祭オープニングへ。
東武東上線成増駅→池袋→赤羽→川口 (乗り換えが多くて、綱渡り!) 
川口駅からSKIPシティへは、映画祭期間中、無料シャトルバスが走っているのですが、乗り場がこれまでの東口から西口のロータリーに変わりました。
2時からのオープニングセレモニーの15分前に到着!

記念すべき20周年のオープニングの様子は、こちらでご覧ください。
PXL_20230715_053917295.jpg
祝20周年! SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2023 オーニング報告 (咲)
PXL_20230715_062020626.MP.jpg
SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2023 オーニング作品 『瞼の転校生』 (咲)


この後、オープニング・パーティにも参加させていだきました。

PXL_20230715_081915247.MP.jpg
PXL_20230715_081939158.MP.jpg
鏡開き

PXL_20230715_085558397.MP.jpg
国際コンペティション部門のゲストの方たち
左から
『シックス・ウィークス』(ハンガリー)アンナ・ヴァーギー(編集)
『マイマザーズアイズ』串田壮史監督
『助産師たち』(フランス)レア・フェネール監督
『エフラートゥン』(トルコ)ヤームル・カールタル・カラクシュ(編集、VFXアドバイザー、アニメーション)、ジュネイト・カラクシュ監督

トルコのカラクシュ監督ご夫妻とお話することができました。
私が初めてトルコに行ったのが、1983年とお伝えしたら、監督、1981年生まれとのこと!

今年は、あと3日、川口に行く予定です。
オンライン配信もありますが、やっぱり映画は大きなスクリーンで観たいし、ゲストのお話もお聞きしたいです♪


SKIPシティ国際Dシネマ映画祭
会期:
《スクリーン上映》2023 年 7 月 15 日(土)〜7 月 23 日(日)
《オンライン配信》2023 年 7 月 22 日(土)10:00 〜 7 月 26 日(水)23:00
公式サイト:https://www.skipcity-dcf.jp/



posted by sakiko at 01:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年06月18日

引越ししました。新しく住む場所をみつけるまで(暁)

去年(2022)6月頃、大家さんから「隣の部屋の柱にシロアリが巣くっていて、そう長くもちそうもない。このアパートを取り壊して新しくするので12月くらいまでに出てほしい」と言われ、アパート探しが始まりました。
その数年前、私の家のドアの前を黒い羽根の羽蟻が2,30匹飛び交っていたこともありました。春だったので巣別れの季節だったのでしょう。その頃から気にはなっていたのですが、やはりシロアリが巣くっていました。
でも退去お願いの前から、そろそろサービス付き高齢者住宅のようなところに移ったほうがいいかなと、数か月前から資料を6か所くらい集めていたところでした。そして、妹たちの家のそばに、自分の条件にピッタリのところをみつけました。週に3回くらい都内に試写や映画を観に出かけるので、できたら駅から近いところと思っていたら、豊田駅から歩いて10分くらいで、3人の妹たちのちょうど真ん中あたりの場所にあるYというサービス付き高齢者住宅でした。ここは知り合いもかかわっている高齢者住宅を提供するグループの日野市の施設だったので、ここがいいかなと思い、近くに住む妹にパンフレットをもらいに行ってもらったり、場所を確認しにも行きました。もう少し調べてからと中には入らなかったのですが、ネットで調べてみたら、なんと1か月20万円くらいかかることがわかり、私の資金では、今から入るのはとても無理ということがわかりました。他に集めた場所の資料も見てみたら、サービス付き高齢者住宅はやはり20万円以上。これはもう75歳以上になってからでないと資金が足りずかな。ま、何歳まで生きるかがわからないから判断に迷うけど。それで、サービス付き高齢者住宅はもう少し先にすることにして引越し先を探し始めたもののなかなか見つけられずにいました。

住んでいたところは、三鷹駅北口から歩いて10分くらいのところで、コンビニや0時までやっているスーパーも歩いて2,3分のところにあり、バス停にも近く、住環境としては申し分ないところだったので、近くで探したのですが、なかなかいい住まいが見つからず、民間アパートはあきらめ、公団や都営なども当たってみました。他の市にとも考えたのですが、いろいろ調べた末、社会福祉や障害者福祉の面を考え、やはり武蔵野市で探すことに。
その過程で、武蔵野市の福祉住宅(高齢者・障害者用)というのがあるのを知りました。年に4回募集があり、市報に載るということでしたが、武蔵野市に住んで40年余りなのに、市報にその住宅の募集が載っていたのはこれまで気がつきませんでした。あるいは都営住宅と一緒の募集時期で見落としていたのか。8月に都営住宅と市営福祉住宅の募集があったので応募したのですが、武蔵野市にある都営住宅は100倍近い倍率、市営福祉住宅の方もかなりの倍率。この市営住宅応募に際して、面接と自宅訪問というのがあり、いかに住宅に困っているかが優先順位とのこと。自宅訪問に来た市の住宅担当者は、我が家のあまりの荷物の多さに驚き、地震がきたら危ないから、天井に近いところに荷物を置くのはやめて荷物をかなり減らさないと、市営福祉住宅には入れないと言われてしまった。結局、どちらも当選ならず。

映画のチラシやパンフ、プレス資料、映画祭のプログラムなど映画関係の資料が、部屋中にあり、それの山がいくつもできているような状態でした。このアパートに引っ越して10年。それ以来、少しづつ集めていた映画グッズ。新しいとこに移るにあたって、これらのグッズをかなり捨てないといけないと思っていたのですが、それにしてもすごい量。興味ある人にとってはお宝でも、興味のない人にとってはゴミ。ゴミの山に暮らしているようなもの。このチラシなどの映画グッズをほしい人はいないものだろうかと、映画館とか、映画好きな友人たちに打診してみたけど、引き取り手はなし。捨てるしかないかと思い、そのつもりで片付けを始めつつ家探し。
また、民間のアパートと公団(UR)などにも当たることにしました。URは若いころ、給料が足りず入れなかったけど、今は空きがあるようで、高齢者でも貯金額がある程度あれば入れるということがわかりました。募集センターに行くと、いつも募集があったので、どうしても住むところがみつからなかったら応募することにしました。
そうこうするうちに、10月の映画祭シーズンになり、東京国際映画祭でシネマスコーレ(名古屋)の木全(きまた)純治支配人に会ったので相談したところ、映画グッズを引き受けてくれることになりました。木全さんとは1993年6月に名古屋で行われた「第3回NAGOYAアジア文化交流祭」(シネマジャーナル31号掲載)で知り合い、その後、あいち国際女性映画祭が始まり、木全さんが映画祭のディレクターになったのと、シネマジャーナル本誌をその頃から置いてくれているので繋がりがあります。去年(2022)公開された、木全支配人を追った『シネマスコーレを解剖する。』というドキュメンタリーの中で、シネマスコーレの2階に映画グッズを売るスペースを作ったと出ていたので、その映画グッズを売るコーナーで扱ってもらえたらと思ったのでした。捨てるつもりになっていた映画チラシを生かしてもらえればと思うのでありがたい。そのつもりで整理しつつ引っ越し先探し。
参考記事 シネマジャーナルHP 特別記事
『シネマスコーレを解剖する。』公開決起集会 LOFT9 Shibuyaにて
http://cineja-film-report.seesaa.net/article/489489412.html

11月になって、また都営と市営福祉住宅の募集が市報に載り、結果がわかるのは1月(2023)とのこと。大家さんに聞いてみたら、取り壊しの日程はまだ決まっていないので2月くらいの引っ越しでも大丈夫と言われ、再度応募してみることに。今度も無理かなと思ったけど、切羽詰まっていたのでもしかしたらと期待。そして、今回は当選と連絡がありました! でも当確ではないという。審査があり、年間の収入や保証人がいるかとか、いろいろ関門があって、当確になったのは3月。立ち退き期限はとうに切れていたのでどうなるかと思ったけど、取り壊しの話はまだ先だったのでなんとか間に合いました。

去年10月から、少しづつ片づけを始めていたけれど、引っ越し先が決まらないのでダラダラとやっていました。1月からかなりピッチをあげ、3月に入ってからは試写にも映画館にも行かず、毎日、毎日、部屋の片づけ。たくさんのものを捨て、段ボールをどんどん作っていきましたが、なにせ、部屋中を埋め尽くした荷物の数々。これまで、ハマってきたものの集大成状態。
就職をしてから、まず、山やスキーにハマったので山道具、スキー道具がたくさん。もう最近は心臓の調子が悪いので山は行くことがないだろうと、いくつかあるリュックやキャンプ用品などは捨てたり妹にあげたりしたけど、さすがにピッケルとアイゼンだけは残しておくことにしました。ピッケルは錆だらけになっているけど、やっぱり冬山に行っていた証。またスキー板2本とスキー靴は廃棄。
また写真はそれ以上にハマって自分で写真をプリントしていました。デジタル時代になったので、伸ばし機は前回の引っ越しの時に友人に譲り、自分でプリントしたものだけを残していたんだけど、今回はそのプリントもけっこう捨てました。それでも45p幅、奥行き50p、5段の棚と170cm幅、高さ60cmのオーディオ棚の半分くらい、プリントしたモノクロ写真が残りました。それにフィルムカメラも4台くらい。これは落ち着いたら売りに行こうと、引っ越し荷物にいれました。

さらに、1993年頃には、中国、香港、台湾など中華圏の映画と俳優にハマり、現地の映画本とか、雑誌、俳優の写真、写真集、ポスター、ビデオ、CD,DVDなどのグッズなども集めるようになり、それはなんと半間の押し入れいっぱいになってしまいました! いや、入りきらず、さらに大きい押し入れにも侵入。本棚にも電影双週刊(香港)や大衆電影(中国)が並んでいました。それらの本もカビが生えたり、紙面が茶色くなってしまったものは捨てました。友人や妹たちにも手伝ってもらったけど、それらのものの捨てる捨てないは私がやらないと終わらないので、毎日、毎日遅くまで沢山の物の山を片付け、引っ越しの日を迎えることができました。
運送屋さんが見積もりのため来てくれたのですが、狭い部屋に、余りの量の荷物があるため、これは1回の引っ越しでは厳しい。2回に分けないと無理と言われてしまった(引っ越しの荷物を片付けようにも置き場所がないので)。それでは引っ越し費用が2倍かかるからとても無理と思い、片付けた荷物を友人の家や妹の家に運び、場所を空けることに。さらに後半は引越し先にもっていき、なんとかスペースを作って引っ越し準備を進め、やっと引っ越しの日を迎えました。
そして4月19日に引っ越し(大きな家具など)をしたものの、前の家に、まだ未整理の映画グッズが残っていたので、新しい家から何度も通い、27日にやっと片付き、整理した映画グッズ(映画チラシ、パンフ、本、映画祭バッグなど)をシネマスコーレに6梱包送りました。途中で1回4梱包送っているので、2回の発送で、大小10梱包にもなりました。かなりの量送ったと思います。ま、それ以上捨ててもいます。シネマスコーレ2階で始めた映画グッズ売り場に置いて、売れるといいのですが…。主にマイナーな映画のチラシやパンフが多かったけど、少しはお金になりそうなチラシやパンフも入れました。
そういえば本もたくさんあり、だいぶ捨てたのですが、女性解放運動関連の本もたくさんあり、これも誰かほしい人がいないかと思い、やはりシネマジャーナル本誌を置いてくれているエトセトラブックスに問い合わせたところ、引き取ってもいいということになり、2梱包約50冊くらい送りました。エトセトラブックスはフェミニズムにかかわる様々な本を置いている本屋さん(出版社)。1970年代〜80年代の古い本だけど、興味ある人の手に渡るといいなあ。

4月29日に古いほうのアパートを全部払って、鍵を大家さんに返したので、それからやっと、新しい住処の整理が始まりました。まだ洋服も整理できていないし、CDや本など、いろいろなものが元の棚や置き場所に戻っていないので、これからちょっと大変です。
こんな状況なのに、心臓手術をするため5月14日に入院することになりました。去年の秋くらいから、少し歩くと息苦しくなり調子が悪かったのですが、引っ越しの日程が決まる頃、手術が必要ということがわかりました。それでも、とにかく引っ越ししてしまわなくてはと友人たちや妹たちに助っ人をお願いしました。
そんな状態で引っ越し荷物も片付かないうちに、入院前の準備ということで14日の前に、手術する先生の話を聞きにいったり、検査など、7回くらい病院に通いました。16日に手術をしたあと、1か月も病院に入院し、6月16日に、今度はリハビリの病院に転院して、今はリハビリ中です。そんなことで、引っ越しのスタッフ日記が遅くなりました。入院・手術・リハビリの話はまた。

引っ越し先は武蔵境駅からバスで10分くらいの所。三鷹北口と武蔵境駅北口を結ぶバス路線の中間の場所で、五日市街道、玉川上水も近くにあり、緑多いところです。ここの写真も撮れないまま、入院してしまったので、緑多い玉川上水沿いの写真は、またあとで。
新しいところに引っ越したものの、まだ全然片付いていないし、退院してからまた大変です。
新しい家は団地サイズの8畳一間と台所。いくつもの荷物が、2,3pのことで入らなかったりと、これからも収納するのに苦労するかも。それでも手すりが付いていたりして、バリアフリーの住宅なので一安心。ただ近所に食事できたり、買い物をする店がない住宅街なので、そのへんがちょっと不便そう。住み心地に関しては、まだ何日も暮らしていないので未知。日当たりはいいので、夏、暑いかも。

たくさんの映画グッズを引き受けてくれたシネマスコーレさん、エトセトラブックスさんありがとうございました。活用できるといいのですが…。
posted by akemi at 19:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々のできごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする