みまもって、野鳥の子そだて (日本野鳥の会 サイトより)
春から夏にかけては、野鳥たちの子育ての季節。巣立ったばかりのヒナたちは、しばらくの間、親鳥と行動しながら飛び方やエサのとり方を身につけていきます。
そんなとき、まだ上手に飛べないヒナが、地面に降りていることがあります。つい、手を差しのべたくなりますが、親鳥が近くにいることがあります。手を出さず、その場を離れてそっと見守ってください。それが野鳥たちへの「子育て応援」につながります。
しかし、誤って保護され、親鳥と引き離されてしまうヒナが後を絶ちません。そこで、当会では、30年以上に渡り、「野鳥の子育て応援(ヒナを拾わないで)キャンペーン」を継続し、ポスターの掲示協力など広くよびかけています。ぜひ皆さまのご理解、ご協力をお願いいたします。
2026年4月1日(水)〜2026年7月31日(金)
ポスターはこちら
https://www.wbsj.org/fukyu/hirowanaide/img/hina-L_2026.pdf
パンフレットはこちら
https://www.wbsj.org/fukyu/hirowanaide/img/pamphlet2023.pdf
雨の夕方、買い物帰りに歩道にいるひな鳥を見つけました。生えそろっていない黒い羽根がびしょびしょです。交差点のそばで人の行き来も多いのに、誰も気づかないようです。見上げても巣も親鳥らしき声も聞こえません。野鳥は連れ帰ったらいけないんだよね、と困りました。傘と一緒に両手で包んで動物病院へ行ってみましたが、引き取ってはもらえません。保護係の電話番号も教わりましたが、もう受付時間が過ぎています。日本野鳥の会の友人にはしばらくたってからいろいろ教わりました。スズメのヒナのようです。小さめの箱で保温して水だけやってみました。翌日まで持ったらもといたところに返そう、と決めて休みましたが、お空に帰りました。
雨のあたらないところへ移動させて、そっとしておけばよかったんだね、ごめんね。
反省を込めてみなさまにも情報をお伝えします。ヒナはうちで亡くなった亀や金魚と同じ場所に眠っています。(白)
2026年07月01日
2026年05月24日
『ニッポン狂想曲』
(左:原口一博氏、右:太田隆文監督)白石撮影
5月23日(土)、新宿ケイズシネマで『ニッポン狂想曲』太田隆文監督の舞台挨拶がありました。
もう御一人ゲストに本作に出演された元衆議院議員、ゆうこく連合党首の原口一博氏。完成した本誌をお渡しして、プログラムにサインをいただきました。ちゃんと取材申し込みをして、舞台挨拶の内容をレポするのでした。後で反省、すみません。
3年前に脳梗塞を患った太田監督は、自分の体験を治療中から記録し、映画『もしも脳梗塞になったなら』を作りました。
その後、本作ができたということは順調に回復しておられるのでしょう。なかなか監督に手を挙げる人がない中、何も失うものはないから、と背水の陣で臨んだ「ヤバい映画(監督談)」を劇場でお確かめください。(白)
2026年05月17日
国立西洋美術館でインド人もびっくりの巻 (咲)
5月14日
インドで、亡命チベット人の旦那様と暮らしている大学の先輩が、早朝羽田着の便で一時帰国。
夜、上田に帰るまで時間があって、午前中は上野の国立西洋美術館で企画展「北斎 冨嶽三十六景」をご覧になるとのことで、12時過ぎに西洋美術館1階 レストラン手前のロビーで待ち合わせ。ル・コルビュジエの椅子とテーブルのところで、しばし4人でお喋り。
ランチは近いところで、精養軒にと決めて、外に出たところで、せっかくなので4人一緒に写真をと、「カレーの市民」の前で写真を撮っていた外国人カップルに声をかけて撮っていただきました。
先輩が、「どちらの方?」と尋ねたら、イギリスのバーミンガムで40年暮らしているけど、ルーツはインドとのお答え。 お〜 なんと! 「私たちは、今朝インドから帰ってきたばかりの彼女を囲んで集まった」と口々に、英語とヒンディー(私たちが学んだのはウルドゥーですが、ほとんど変わらない)を交えての会話。

クルーズ船で来て、日本各地を巡っているというご夫妻。奥さまはデリー、旦那さまはパンジャーブの出身とのこと。
パンジャーブといえば、5月1日から公開されている特集上映 ル・コルビュジエとドーシ インドのモダニズムの一つ『ユートピアの力』で、印パ分離独立後に、州都ラホールがパキスタンに帰属した為、新しい州都として計画都市チャンディーガルの設計をル・コルビュジエが担ったことが描かれていました。
ル・コルビュジエが設計した国立西洋美術館で、思わぬインド繋がりの出会いでした。
「お会いできて嬉しかった」と、ウルドゥー語でお伝えして、お別れ。
坂をくだって、精養軒へ。
小学校6年生の時、父に連れられて神戸から東京に遊びにきた折、西洋美術館で学芸員をされていた父の大学時代の親友を訪ね、その方と一緒に精養軒で食事をしたことがあって、ここも懐かしいところ。
その学芸員をされていた方から、バグダードを訪れた時のチグリスとユーフラテスが雄大で、星空がとても綺麗だったと聞かされ、いつか訪ねてみたいと思ったのでした。夢は叶っていませんが、中東への憧れの要因の一つだったように思います。
精養軒では、大人のお子さまランチ「パンダプレート」をいただきました。

大きな海老フライ、蟹クリームコロッケ、ハンバーグ、ナポリタンのプリプリの海老には旗も。

デザートは、パンダのお顔のマンゴーティラミス。
飲み物もついて、3300円。ちょっと贅沢なランチでした。
インドで、亡命チベット人の旦那様と暮らしている大学の先輩が、早朝羽田着の便で一時帰国。
夜、上田に帰るまで時間があって、午前中は上野の国立西洋美術館で企画展「北斎 冨嶽三十六景」をご覧になるとのことで、12時過ぎに西洋美術館1階 レストラン手前のロビーで待ち合わせ。ル・コルビュジエの椅子とテーブルのところで、しばし4人でお喋り。
ランチは近いところで、精養軒にと決めて、外に出たところで、せっかくなので4人一緒に写真をと、「カレーの市民」の前で写真を撮っていた外国人カップルに声をかけて撮っていただきました。
先輩が、「どちらの方?」と尋ねたら、イギリスのバーミンガムで40年暮らしているけど、ルーツはインドとのお答え。 お〜 なんと! 「私たちは、今朝インドから帰ってきたばかりの彼女を囲んで集まった」と口々に、英語とヒンディー(私たちが学んだのはウルドゥーですが、ほとんど変わらない)を交えての会話。
クルーズ船で来て、日本各地を巡っているというご夫妻。奥さまはデリー、旦那さまはパンジャーブの出身とのこと。
パンジャーブといえば、5月1日から公開されている特集上映 ル・コルビュジエとドーシ インドのモダニズムの一つ『ユートピアの力』で、印パ分離独立後に、州都ラホールがパキスタンに帰属した為、新しい州都として計画都市チャンディーガルの設計をル・コルビュジエが担ったことが描かれていました。
ル・コルビュジエが設計した国立西洋美術館で、思わぬインド繋がりの出会いでした。
「お会いできて嬉しかった」と、ウルドゥー語でお伝えして、お別れ。
坂をくだって、精養軒へ。
小学校6年生の時、父に連れられて神戸から東京に遊びにきた折、西洋美術館で学芸員をされていた父の大学時代の親友を訪ね、その方と一緒に精養軒で食事をしたことがあって、ここも懐かしいところ。
その学芸員をされていた方から、バグダードを訪れた時のチグリスとユーフラテスが雄大で、星空がとても綺麗だったと聞かされ、いつか訪ねてみたいと思ったのでした。夢は叶っていませんが、中東への憧れの要因の一つだったように思います。
精養軒では、大人のお子さまランチ「パンダプレート」をいただきました。
大きな海老フライ、蟹クリームコロッケ、ハンバーグ、ナポリタンのプリプリの海老には旗も。
デザートは、パンダのお顔のマンゴーティラミス。
飲み物もついて、3300円。ちょっと贅沢なランチでした。
2026年05月10日
シネジャ109号を携えて神戸へ (咲)
101号以降、1年1回発行している本誌シネマジャーナル。3月上旬から、原稿に取り組んで、4月中に発行したかったのですが、5月1日にようやく出来上がりました。
送料も値上げされているので、可能な方には手渡し。
ちょうど5月6日に神戸の同級生の所属している合唱団ヘーメルスの40周年記念コンサートがあって、神戸へ。定期購読者の方や友人にお届けしてきました。
6日は連休最終日で、ジパング倶楽部の3割引が使えないのは、ちょっとつらいのですが、ジパングでは乗れない「のぞみ号」で新大阪へ。やっぱり早い! 新横浜8:10発に乗り、阪急宝塚線の清荒神駅に、11:40に到着。同級生3人で清荒神参道のカフェでランチ。2時からのコンサートには、小中学校の同級生が10数人駆け付け、4月の同窓会で会ったばかりの方や、会えなかった方と旧交をあたためることができました。
7日(木)
いつもは朝9時半に起きるのですが、旅に出ると早起き。(夜、することがなくて早く寝るから!)
生まれ育った岡本へ。元家の近くの神社では、前日、お祭りがあって、境内の松の木の周りには、だんじりを曳き回した跡がありました。
この日は、阪神御影駅近くにお住いのシネジャを定期購読してくださっている上田律子さまのところに、10時前にお伺いすることになっていました。阪急で一駅乗って御影駅から歩くか、JR摂津本山駅から一駅乗って住吉駅から歩くか、迷った結果、地図で検索したら、徒歩45分と出てきて、時間に余裕があったので、歩くことにしました。
住宅街を通って、灘中・灘高そばで住吉川を渡って少し下ったところに風情ある邸宅が見えました。文豪・谷崎潤一郎氏が1936年から7年間住んだ「倚松庵(いしょうあん)」で、「細雪」の姉妹の住む邸宅のモデルとして有名なところです。
実は、下り過ぎたのですが、地図を見間違えてよかったです。
阪神御影駅近くの上田律子さん宅に、10時10分前に到着! 2023年にお伺いして以来、3年ぶりの訪問でした。(その間、東京でお会いしています)
ケーキや西瓜など、たくさんご用意してくださっていました。話のタネにと、映画のパンフレットも山積みに。
かつて、十三の第七藝術劇場でシネジャをご購入くださっていたのですが、病気をされて、十三まで行けなくなった時に、お電話で購読を申込みしてくださいました。ご住所が私の生まれ育ったところにすごく近かったので、思わずお便りと共にお送りしたのでした。その直後にちょうど神戸に帰る機会があって、ご自宅にお邪魔した次第。
「律子の部屋」は居心地がよくて、何時間でも映画談義できそうなのですが、この日はお互い予定があって、1時間20分の滞在でした。
80歳を超えた今も、パワフルで、昔観た映画のこともよく覚えていらっしゃる律子さん。昨日観た映画のタイトルも忘れてしまう私と大違い!
元気を貰った楽しいひと時でした。
ランチは、阪急神戸三宮駅西口近くのスペイン料理「カルメン」へ。間違って、JR三ノ宮駅西口で待っていた友人も。阪急神戸三ノ宮駅の東口がJR西口のすぐそばなのです。ややこしい。
カルメンは創業70年。小学校の時の担任の先生の友人が始めたお店と覚えていたのですが、実は従兄の方が始めたお店と2年前に判明。その方の娘さんがマネージャーをされているのですが、そこはかとなく先生と目元が似ています。
夕方、別の友人と約束していたのですが、タイミングよく合間に元会社の同期の友人とお茶できることに。ひとしきりお喋り。
5時に待ち合わせた友人と、居留地を通ってメリケン波止場へ。
ポートタワーで食事したいなと思っていたのですが、遠くから眺めて、夕食は生田神社近くの「もん」でと行ったら、「本日勝手ながら休みます」の札。これで3度目です。
安全牌の「にしむら珈琲」にしようと向かっている途中で、ステーキセット3280円の看板が目に留まりました。
入ってみたら、目の前の鉄板で焼いてくださる スタイル。カリカリに焼いたガーリックがたくさん乗ったステーキ。コンソメスープにも牛肉が入っていて、食後の飲み物もついて、大正解でした。「ステーキランド神戸」というお店です。
8日(金)
早起きできたので、先月歩いたばかりだけど、やっぱり北野へ。
生田神社〜神戸モスク〜シュウエケ邸(シリア系ユダヤ人の邸宅)〜ジャイナ教寺院〜一宮神社と、お気に入りの散歩道。
8時開店のにしむら珈琲三ノ宮店に、5分前に到着。
モーニングのフルーツセットをいただきました。1150円に値上がりしてました。4月は、1100円でした…
そして、今回最大の目的、民族学博物館へ。
阪急神戸三宮〜十三〜山田〜モノレールで万博記念公園駅。
駅からは、太陽の塔を眺めながら公園を通り抜けて20分。
特別展「シルクロードの商人(あきんど)語り―サマルカンドの遺跡とユーラシア交流―」と、企画展「ドルポ――西ネパール高地のチベット世界」。
どちらも充実の内容でした。
西アジアや南アジアなど、ほかの展示も駆け足で観て、2時半には民博を後にしました。
往きに、なぜか気が付かなかったミャクミャク。
薔薇も綺麗でした・
モノレールで門真市経由、京阪枚方市駅へ。会社時代の後輩ご夫妻にお会いしました。40年ぶりと言われて、びっくりでした。2時間程おしゃべりして、京都駅へ。
多くの方たちと会うことが出来て、充実の2泊3日でした。
2026年04月26日
生田の森 登戸研究所、そして『わたしの聖なるインド』ノウシーン・ハーン監督特別講義(咲)
2023年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で市民賞(観客賞)を受賞した『我が理想の国』が、『わたしの聖なるインド』のタイトルで6月6日から公開されるのを前に、ノウシーン・ハーン監督が来日。インタビューの案内をいただいたのですが、出遅れて、すで枠がいっぱいですが、専修大学生田キャンパスで監督による特別講義が4月23日(木)に行われますとの案内をいただき、そちらに取材に伺うことに。
「生田」と聞いて思い出したのが、戦時中、日本陸軍の秘密兵器の研究が行われていた登戸研究所。今は明治大学生田キャンパスとなっていて、その一角に平和教育登戸研究所資料館があるのです。訪れてみたいと思いながら、なかなか足を延ばせなかったところ。
地図で確認したら、明治大学の一番奥にある平和教育登戸研究所資料館から、専修大学生田キャンパスまでは、徒歩で12分。
何度もこの資料館を訪れているIさんに、詳細なアドバイスをいただいたお陰で、高台にあるキャンパスにエスカレーターを使って上がって、まずは生田神社でお参り。登戸研究所設立の折に作られた神社です。
さらに奥にのぼって、資料館へ。5つの資料室では常設展示。風船爆弾や電波兵器、生物化学兵器、経済謀略活動のために偽札など、どれも興味深いものでした。
廊下の壁には、第16回企画展「その時,わたしたちは戦うことを命じられた」(5月30日までの予定が、9月26日(土)まで会期延長)。
各資料室には動画もあって、それもすべて観たら、すでに1時間半。資料室入ってすぐの映像コーナーには、4つの映像が用意されていたのですが、30分のものを一つ観て時間切れでした。
地図のナビを頼りに、山間の住宅街を抜けて、専修大学生田キャンパスへ。辿り着いたら、ちょうど、きろくびとの中山さんとノウシーン・ハーン監督がバスから降りてきました。
監督には、20日の試写の折に挨拶だけしたのですが、あらためて山形での写真をお見せして自己紹介。
14:50〜16:20
『わたしの聖なるインド』ノウシーン・ハーン監督特別講義
専修大学文学部「映像ジャーナリズム論」の100人以上の学生さんたち、先週の講義の折に映画をすでに観ているとのこと。
最初の30分は、ノウシーン・ハーン監督がいかにして映画監督になったか。
その後、学生さんたちとの質疑応答。最初の女性が英語で質問! 続いての質問は、日本語で行われましたが、7人すべて女子学生。教室には男子生徒も大勢いたのですが。
この講義の模様は、こちらでご覧ください。
https://cineja-film-report.seesaa.net/article/520814825.html?1780199869
私自身も、監督とゆっくりお話しすることができて、有意義な一日となりました。


