2026年10月04日

1978年5月に宿泊したイラン・ラームサルのホテルの写真に出会いました(咲)

10月3日(土)
東京外国語大学アジアアフリカ言語文化研究所での企画展示「イランの日常と文化ー写真と絵本が伝えるもの」へ。

写真は、イラン人留学生の女性SAME SHOKOUHさんが撮影したもの。
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イラン各地の自然、人々の暮らし、四季折々の行事、美味しいお料理など、イランの豊かな自然と文化、そしておもてなし上手なイランの人たちを思い出させてくれる素敵な写真がたくさん!  
中でも、Sameさんの生まれ育ったカスピ海沿いの町ラームサルの写真がたくさんありました。(ラムサール条約が締結された町です。長母音の位置は、ラームサルが正しいのですが、ラムサールで日本では定着しています…)
私がラームサルを訪れたのは、初めてイランに行った1978年5月のこと。革命直前の、まだ王政時代だった時です。

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宿泊したガディームホテルは、パフラヴィー王朝時代の1933年に建てられた豪華ホテル。カジノを併設していて、数名でカジノに入ろうとしたら、女性たちの服装はOKだったのですが、男性がスーツにネクタイでなければ駄目と言われ、私たちも諦めたのでした。革命後は、ネクタイがご法度になったことを思えば、ほんとに「革命」。

ホテルの前に映っている車は、ペイカーンというイラン国産の車。私が初めて訪れた1978年には、車といえばペイカーンでした。今は、ほとんどなくなって、ビンテージものだとか。

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民族衣装姿のSameさんのお母さま(お祖母さまから譲りうけたもの)

絵本は、愛甲恵子さんが蒐集された中から、今回はガラスケースの中での展示だったので、貴重品も出品されていました。

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「暗い家の中の象」
絵Firoozeh Golmohammad
象を見たことがない人々が部屋に通じる穴に手を入れて象を触り、姿を想像。鼻を触ったものは「ホースのよう」、耳を触ったものは「うちわのよう」という… 光がなければ、何事も理解できないのだ、というお話。
誰しも聞いたことがあることと思います。ルーミーの「精神的マスナヴィー」に書かれている有名な話。

この日は、外語大でもう一つ目的がありました。
ガリツィア・ユダヤ博物館の展覧会「世界に何かを残したい レーニャ・シュピゲルの日記の向こう側」

3日は、展覧会の初日で、トマシュ・ストルク氏(ガリツィア・ユダヤ博物館館長)のご講演「記憶の痕跡を越えて:現代からみるポーランドのユダヤ人社会」と、アニメーション映画:「レーニャ・シュピゲルの日記」(30分)の上映がありました。

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https://www.tufs.ac.jp/event/2026/261003-1115_1.html
こちらのサイトに、会場で配布している冊子のPDFがあります。
その最後のページに、関連のエピソード8本のYuoTube動画のQRコードがあります。
(もしくは、Galicia Jewish Museum で検索してみてください。)

「アンネの日記」は世界中で有名ですが、こちらもホロコーストの犠牲になった若い女性の日記で、たくさんいたもう一人のアンネの一人といえるでしょう。

レーニャ・シュピゲルの日記は、1939年1月から1942年7月にかけて、ポーランドのプシェミシルで執筆されました。
レーニャは、若くて、才能に溢れ、数多くの夢を抱いた少女でしたが、1942年7月、ナチス・ドイツによって殺害されました。
日記は、レーニャの最後の数年間を伝える貴重な記録。1939年の緊張感の高まり、次に第二次世界大戦の勃発とプシェミシルの占領(最初はソ連による占領、その後ドイツによる占領)、そしてプシェミシルのユダヤ人コミュニティの大量殺戮に至るまでが記されています。
展示には、レーニャの母親と妹が生き残った経緯、そしてレーニャの最愛の人で、彼女の日記を後世に伝えたジグムント・シュヴァルツェルの物語も紹介されています。

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ガリツィア・ユダヤ博物館の展覧会「世界に何かを残したい レーニャ・シュピゲルの日記の向こう側」
会場:東京外国語大学研究講義棟1階ガレリア
期間:2026年10月3日から11月15日(10月3日を除く土日祝日は休館)
時間:8:30〜20:00

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2026年09月20日

横浜キネマ倶楽部 『第五福竜丸』上映会に参加して思うこと (咲)

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横浜キネマ倶楽部から、いつもご案内をいただきながら、なかなか参加できなかったのですが、今回の映画は新藤兼人監督の『第五福竜丸』。
夢の島の第五福竜丸を、もうずいぶん前に、母に連れられて訪れたことがあって、気になっていた映画でした。昭和3年生まれの母は、戦争反対、核廃絶を、いつも小さな声で叫んでいました。

横浜キネマ倶楽部 第90回上映会となる今回は、
核実験に反対する国際デー(8月29日)記念上映会
核兵器の全面的廃絶のための国際デー(9月26日)記念上映会
でした。

会場は、鶴見駅西口を出てすぐの鶴見公会堂。
高校3年の時の担任の先生が、鶴見の三ツ池公園近くにお住まいで、何年か前にクラスメート8人で訪れた時に待ち合わせたのが、鶴見駅西口でした。
そんなことも思い出しながら会場へ。

『第五福竜丸』1959年/日本/白黒/107分
監督:新藤兼人 出演:宇野重吉、乙羽信子ほか
昭和29年(1954年)3月1日 午前3時42分、遠洋漁業に出ていたマグロ漁船「第五福竜丸」の23人の船員たちは、ビキニ環礁の辺りで夜空に輝く閃光とキノコ雲を目撃し、空から降ってきた灰のようなものを浴びた…。

映画は、時系列を追って、第五福竜丸が焼津港に帰港後、船員たちが原爆症とわかり、さらに第五福竜丸の船体からも放射能が検出され、船員たちは東京の病院に移送。事件が大きく報道され、アメリカからも専門家が調査にやってきます。手の施しようがなく、宇野重吉さん演じる無線長・久保山愛吉は、乙羽信子さん演じる妻や大勢の人たちが見守る中、「身体の下に高圧線が通っている……」と絶叫しつつ亡くなります。

上映後、第五福竜丸平和協会 代表理事の奥山修平さんのご講演。
この映画が、事件4年後に製作されたものであること、原爆を題材にした映画として、本作の前、1950年に製作された『長崎の鐘』について詳細な説明。長崎出身で被爆された医学博士・永井隆さんの手記は、1949年、紙不足の中、発行されベストセラーに。翌年、GHQの占領下、メロドラマという形であれば映画化してよいとのことで、新藤兼人が脚本を担当。監督は大庭秀雄。サトウハチロー作詞の「長崎の鐘」には、“原爆”や“戦争”の言葉はありません。
1952年に新藤兼人監督が製作した『原爆の子』もドラマ仕立て。乙羽信子さんが主人公。被爆者の生活の悲惨さを描いたものでしたが、もっと原爆をリアルに表現すべきという意見もあったそうです。
第五福竜丸が被爆したのは、アメリカが警告なしに実施した水爆実験。
水爆は原爆の千倍もの威力がある、まさにジェノサイドの兵器。オッペンハイマーは、水爆はやり過ぎと反対。米国内で賛否両論があったのですが、トルーマン大統領は、ゴーサイン。

さて、第五福竜丸ですが、事件後、1956年に文部省が買い取り東京水産大学の練習船「はやぶさ丸」になり、1967年、廃船。夢の島に捨てられたのですが、保存運動が起こり、1976年に展示館が出来ました。
夢の島に第五福竜丸がある経緯も知ることのできた充実のご講演でした。

それにしても、核を持つ米国が、イランに核を持つなというのは理不尽です。持つなというなら、まず自身が手放すことが第一歩では?  
いつしか地球は、核で滅びるのではと危惧してしまいます。


横浜キネマ倶楽部 第90回上映会『第五福竜丸』(9/20)
https://cineja4bestfilm.seesaa.net/article/521239643.html

横浜キネマ倶楽部 公式サイト: https://ykc.jimdofree.com/





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2026年09月09日

あいち国際女性映画祭、食も街歩きも充実の名古屋でした(咲)

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9月3日から6日、第31回あいち国際女性映画祭に参加する為、名古屋に行ってきました。直後の大雨被害に驚いています…

3日(木)新横浜7:21発 9:01名古屋着。
地下鉄24時間券で、9:26名古屋駅発。栄で名城線に乗り換え、名古屋城駅着。2番出口から、あいち国際女性映画祭の会場ウィルあいちに、9:50着。

10時 映画『記憶の解凍』 監督:庭田杏珠 日本/2025年/77分
「記憶の解凍」とは、原爆投下前後の日常を写したモノクロ写真を、戦争体験者との対話とAI技術などを組み合わせて、「記憶の色」を再現する取り組み。
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上映後、庭田杏珠監督が登壇。高校1年生の時から被爆者の方々からお話を聴いてきた庭田監督。モノクロ写真を前に話を聴いて、色をつけることで、幸せだったころの日常の記憶が鮮やかに蘇ってくる様を映画に収めています。
対象にした地区は、今は平和記念公園となっている中島本町。かつては商店や旅館に住宅が立ち並ぶ一角でした。ほぼ焼失しましたが、疎開していた方たちが持っていた写真が残っていて、写真を見ながら、蘇ってくることを話したいだけ話していただき、毎回、5時間くらいにおよんだそうです。

1時 『ヴィクトリア』 監督:シヴァランジニ インド/2024年/85分
ケーララ州の町。郊外の美容院で働く若い美容師ヴィクトリアは、保守的なカトリックの両親と激しく衝突した末、ヒンドゥー教徒の恋人と駆け落ちする決意をする。
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上映後、シヴァランジニ監督(左)と、サチン・スレシュ助監督が登壇。
本作を作るきっかけは、地元の美容室の片隅に雄鶏が縛られていて、男性お断りの美容室に雄鶏がいたのが面白いと思ったこと。美容室は女性が本音でゆっくり過ごせる場所。しっかり観察して、自分の経験も交えて、宗教やカーストの違いや家父長制にはばまれる結婚について描いたとのこと。

栄駅から3分のホテルにチェックイン。
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矢場駅近くのヤバ珈琲で鉄板ナポリタンをいただきました。去年より値上げしていました。

夜の上映は、名古屋駅近くのミッドランドスクエア シネマで。

18:30『ふたりの家路』 監督:ウー・ニェンホア(吳念樺)台湾/2025年/88分
父親のいない環境で母と姉とともに育ったニェンホアは、家族の中に潜む愛と暴力の見えない傷に向き合う。
8年前の大晦日に母親と大喧嘩して台北に戻った監督。8年ぶりに実家に帰る…

上映後、暁さんとミッドランドスクエア4階でお寿司をいただきました。

4日(金)
7時頃ホテルを出て地下鉄で名古屋港へ。
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地上にあがって、ほんの1分ほど行くと南極観測船ふじが目の前に。

8時過ぎホテルで朝食。たまごトーストとサラダ、カフェオレ。

ウィルあいち 大会議室【イム・スルレ監督特集】 
10時 『雨の中の散歩』韓国/1994年/14分
初めての短編。
街外れの⼩さな映画館で働く30代独⾝⼥性のジョンジャ。今⽇は顔も知らないお⾒合い相⼿が訪ねてくる⽇。時折映写室で映画を観ながら、お見合い相手を待つ。劇場の前を⼀⼈の男が通り過ぎる。激しい⾬の中、ジョンジャは思わずその男の後を追う。

『⾶べ、ペンギン』韓国/2009年/110分
15年前に、あいち国際女性映画祭で上映した作品。
塾や習い事に追われる9歳の少年、職場の飲み会で孤⽴するベジタリアンの新⼊社員、妻と⼦供たちを海外留学へ送り出し孤独に暮らす課⻑、亭主関⽩な夫に耐えかね離婚を切り出す妻。
4話のオムニバスが、自然な流れで語られます。
2010年に「真!韓国映画祭」で上映された折に観ているはずなのに、まるで初めて観るかのような新鮮さがありました。出演者には、韓国ドラマでお馴染みの方も多かったです。

1時 『リトル・フォレスト 春夏秋冬』韓国/2018年/103分
恋愛、就職と何⼀つ思いどおりにいかず故郷に戻ったヘウォン。旧友の女性ウンスクから、親しかった男子ジェハも帰郷していると聞かされる。自分で育てた農作物で料理を作り、⾷事をする。こうして四季を過ごすうちに、故郷に戻った真の理由を悟ったヘウォンは、新たな春を迎えるための第⼀歩を踏み出す。
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上映後、イム・スルレ監督トーク。
就職率がいいからと、大学で英文科を選んだ監督が、映画監督を目指した経緯を語ってくださいました。
 
暁さんとタクシーで名古屋駅近くの「まるは食堂 柳橋はなれ」へ。カウンター席のみだったのでやめて、チカマチラウンジ店へ。スマホの地図を頼りにしたら、すごく迷いました。暁さん、ごめん!
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海老フライと海老フライの太巻きをシェア。
名古屋は、海老フライですねぇ。

ミッドランドスクエア シネマ
18:30 『済州に生きる』監督:イ・ウンジョン 韓国/2025年/90分
ソウルでの生活に行き詰まった29歳のヘジンは、故郷の済州へ戻り、生涯を海女として生きてきた母オクランと祖母カンジャと再会。済州の暮らしのほうが自分に合っていると実感したヘジンは海女になることを決意するが、オクランはそれに強く反対する。
高齢化が進んでいるらしい海女の世界。勇気のいる決意でした。
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3日 10時からの上映後トークの折のイ・ウンジョン監督(左) 「イム・スムレ監督は尊敬する大先輩」と語っていました。

上映後、去年香港映画『ラブ・ライズ』1本の為に名古屋に来たNさんが、今回も本作1本のためにいらしていて、オーヴァカナルでお茶しました。

5日(土)
栄から、東山線終点の高畑へ。
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駅から6〜7分の荒子観音寺へ。
地下鉄高畑駅→八田駅 ここで、JR関西線に乗り換え、弥冨へ。

9時半にJR弥富駅に到着。まっすぐ、筏川を目指しました。
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川沿いを歩いて、今度は、目的のペルシア料理ジャワンさん目指して、途中、歴史民俗資料館と、スーパー・ヤマナカさんに寄りました。弥冨は金魚の町。
金魚の最中や、海老せんべいや、イカせんべいを買い求めました。

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11時、予約していたジャワンさんに到着。豊橋に住む後輩のTさんも同時に到着。
一番奥のお薦めの絨毯敷きの席でくつろぎました。
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ゴルメサブジーと、チェローキャバーブ(ひき肉のキャーバブとご飯)に、ナンを1枚頼んでシェアしました。一つは、サラダ、もう一つはヨーグルトにして、これもシェア。
後輩はザクロジュース、私は、ドゥーグ(ヨーグルトドリンク)。
ランチは、1200円! 追加のナンは、200円。お店を入ってすぐのところにある、イラン産の大きなパン焼き機が存在感たっぷりでした。

JR弥冨 13:07発→八田駅で地下鉄に乗り換え、桜山に2時半過ぎ到着。
名古屋市博物館 特別展 リトアニア ―バルトの森に響く歌― 充実の内容でした。
ヨーロッパでもっとも遅く、15世紀にキリスト教を受け入れたリトアニア。
ドイツ、ロシア、そしてソ連に翻弄された歴史のなかで育まれた自由と民主主義を重んじるリトアニアの人びとの価値観。
岐阜で生まれ、名古屋で育った外交官・杉原千畝が、ユダヤ難民に「命のビザ」を発給した地である縁も。
特別展 名古屋には秀吉がおるでよ! ―秀吉と尾張の歴史―も同時開催でしたが、こちらは、すみません、ささっと拝見。

4時半に出て、今池キネマノイに寄ってイスラーム映画祭アーカイブを購入。(友人へのプレゼント)
5時半過ぎ、うぃる愛知に到着。ちょうど、フィルム・コンペティションノミネート作品の上映が終わったところで、名古屋のミッキーさんにお会いできました。
この日の宿うぃる愛知にチェックイン。部屋から、映画祭会場へは、30秒!

あいち国際女性映画祭授賞式に少し遅れて参加。
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授賞式が終わって、暁さんと10分ほど歩いて「キッチンひろし」で夕食。
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おろしそハンバーグ定食をいただきました。どのメニューにも、どうやら唐揚げが。

6日(日)
10時 『アメリと雨の物語』 監督:マイリス・ヴァラード、リアン=チョー・ハン、フランス/2025年/77分
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1960年代、外交官の家庭に、神戸で生まれたベルギー人の小さな女の子アメリの成長を描いた物語。日本人の大家さんは、まだ敗戦の記憶が強くて、アメリにもつらく当たります。まだそんな時代だったのだなぁ〜と。

11:40 市政資料館2階カフェで、後輩のTさんとランチ。
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ハムエッグトーストサンド カフェオレにアイスクリームのせ。

13時 『ハキシュカ』監督:ナルゲス・ジュダキ、イマン・パクナハード、イラン/2024年/49分
⼭形国際ドキュメンタリー映画祭2025で2度観ているのですが、何度観ても面白い♪
上映後、ショーレ・ゴルパリアンさんトーク。
撮影地は、トルコやアゼルバイジャンの国境に近い西アゼルバイジャン州。言葉は、トルコ系のアゼリーで、ショーレさんも字幕をご覧になりながらの鑑賞。
アゼルバイジャンの歌や踊りなどの文化を動画も見せながらの充実のトークでした。
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終了後、フォトセッション。佐藤 久美さん(映画祭イベントディレクター)と。

文化のみち散策。まずは、3時半で閉まってしまう豊田佐助邸へ。(前回、10分しか時間なかったのでした)

次に、橦木館(旧井元為三郎邸)を外から眺め、
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二葉館(旧川上貞奴邸)へ。「日本の女優第1号」として名をはせた川上貞奴が、電力王と称された福沢桃介と共に大正時代に居住していた和洋折衷の建物。ステンドグラスがあちこちに施されています。

5時前にはうぃる愛知で荷物ピックアップして、名古屋城駅から名古屋駅へ。

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天どん天舞で、天むすとおうどんにわらび餅。1000円。馴染のある天むすより、海老天が大きかったです。そして、味噌味。  

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締めは、ボン・ヴォヤージュでバニラソフト450円。
名古屋19:31発のひかりで、 東京21:12着。
充実の名古屋の旅でした。



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2026年09月06日

2ヶ月も空いてしまいました

こちらすっかりご無沙汰してしまいました。
早や9月で秋風が吹き始めました。
地球上では戦火の風も吹きやまず、日本全国各地では災害が頻発しています。大雨情報にビクビクしているこのごろ。何事もありませんように。

私事では6月半ばに何十年ぶりかで入院し、検査と治療で2週間病院ライフを送ってぼちぼち復帰しています。幸いよく効く薬があり、退院後は薬で痛みをコントロール(ずっと飲み続けないといけません)して暮らします。副作用もあるので次第に量を減らしていっている最中です。知らず知らず疲れをためてしまったのに十分休養しなかったのが病気を誘発したのでしょう。今後は体調にもっと気を付けて休み休み暮らさねばと思います。警報機をもらったような気分です。皆さまもどうかお大事に。

前回の日記は故郷での●●歳記念クラス会に出かける前に投稿したものです。十数人温泉宿に集まってみたら「近況報告に病気の話を入れないこと」と、幹事が前もって注意するほど闘病中の人が何人も。語ると長くなってしまうので、病気はいったん忘れて話は個々でという気遣いでした。そういうお年ごろになってしまったわけです。集えることに感謝して楽しく過ごしてきました。(白)

こちらの画像は検査と問診以外はヒマすぎる入院生活(3食昼寝付き)で、目の前に並んだ食事から作ってみたものです。提供されてから1時間以内に考えて作って、撮影して食べ終わらなければいけないので大忙しでしたが、やることがあるのはハリがあって良かったです。毎食作っているうちに、アイディアも浮かびやすく、手際も日々良くなって終わるころには名残惜しい気さえしました。

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おはようバナナ

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豆もやしのハートで感謝

元ネタはアーティストの今井次郎さんが入院中に作ったミールアートです。ドキュメンタリーを監督したお二人に、「もし入院することがあったら私もやります!」と宣言していたのでした。
『芸術家・今井次郎』青野真悟監督&大久保英樹監督インタビュー(2021年10月)
https://cineja-film-report.seesaa.net/article/483952069.html

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2026年07月01日

「ヒナを拾わないで!!キャンペーン」(白)

みまもって、野鳥の子そだて (日本野鳥の会 サイトより)

春から夏にかけては、野鳥たちの子育ての季節。巣立ったばかりのヒナたちは、しばらくの間、親鳥と行動しながら飛び方やエサのとり方を身につけていきます。
そんなとき、まだ上手に飛べないヒナが、地面に降りていることがあります。つい、手を差しのべたくなりますが、親鳥が近くにいることがあります。手を出さず、その場を離れてそっと見守ってください。それが野鳥たちへの「子育て応援」につながります。

しかし、誤って保護され、親鳥と引き離されてしまうヒナが後を絶ちません。そこで、当会では、30年以上に渡り、「野鳥の子育て応援(ヒナを拾わないで)キャンペーン」を継続し、ポスターの掲示協力など広くよびかけています。ぜひ皆さまのご理解、ご協力をお願いいたします。

2026年4月1日(水)〜2026年7月31日(金)
ポスターはこちら
https://www.wbsj.org/fukyu/hirowanaide/img/hina-L_2026.pdf
パンフレットはこちら
https://www.wbsj.org/fukyu/hirowanaide/img/pamphlet2023.pdf

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雨の夕方、買い物帰りに歩道にいるひな鳥を見つけました。生えそろっていない黒い羽根がびしょびしょです。交差点のそばで人の行き来も多いのに、誰も気づかないようです。見上げても巣も親鳥らしき声も聞こえません。野鳥は連れ帰ったらいけないんだよね、と困りました。傘と一緒に両手で包んで動物病院へ行ってみましたが、引き取ってはもらえません。保護係の電話番号も教わりましたが、もう受付時間が過ぎています。日本野鳥の会の友人にはしばらくたってからいろいろ教わりました。スズメのヒナのようです。小さめの箱で保温して水だけやってみました。翌日まで持ったらもといたところに返そう、と決めて休みましたが、お空に帰りました。
雨のあたらないところへ移動させて、そっとしておけばよかったんだね、ごめんね。
反省を込めてみなさまにも情報をお伝えします。ヒナはうちで亡くなった亀や金魚と同じ場所に眠っています。(白)




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