2026年09月20日
横浜キネマ倶楽部 『第五福竜丸』上映会に参加して思うこと (咲)
横浜キネマ倶楽部から、いつもご案内をいただきながら、なかなか参加できなかったのですが、今回の映画は新藤兼人監督の『第五福竜丸』。
夢の島の第五福竜丸を、もうずいぶん前に、母に連れられて訪れたことがあって、気になっていた映画でした。昭和3年生まれの母は、戦争反対、核廃絶を、いつも小さな声で叫んでいました。
横浜キネマ倶楽部 第90回上映会となる今回は、
核実験に反対する国際デー(8月29日)記念上映会
核兵器の全面的廃絶のための国際デー(9月26日)記念上映会
でした。
会場は、鶴見駅西口を出てすぐの鶴見公会堂。
高校3年の時の担任の先生が、鶴見の三ツ池公園近くにお住まいで、何年か前にクラスメート8人で訪れた時に待ち合わせたのが、鶴見駅西口でした。
そんなことも思い出しながら会場へ。
『第五福竜丸』1959年/日本/白黒/107分
監督:新藤兼人 出演:宇野重吉、乙羽信子ほか
昭和29年(1954年)3月1日 午前3時42分、遠洋漁業に出ていたマグロ漁船「第五福竜丸」の23人の船員たちは、ビキニ環礁の辺りで夜空に輝く閃光とキノコ雲を目撃し、空から降ってきた灰のようなものを浴びた…。
映画は、時系列を追って、第五福竜丸が焼津港に帰港後、船員たちが原爆症とわかり、さらに第五福竜丸の船体からも放射能が検出され、船員たちは東京の病院に移送。事件が大きく報道され、アメリカからも専門家が調査にやってきます。手の施しようがなく、宇野重吉さん演じる無線長・久保山愛吉は、乙羽信子さん演じる妻や大勢の人たちが見守る中、「身体の下に高圧線が通っている……」と絶叫しつつ亡くなります。
上映後、第五福竜丸平和協会 代表理事の奥山修平さんのご講演。
この映画が、事件4年後に製作されたものであること、原爆を題材にした映画として、本作の前、1950年に製作された『長崎の鐘』について詳細な説明。長崎出身で被爆された医学博士・永井隆さんの手記は、1949年、紙不足の中、発行されベストセラーに。翌年、GHQの占領下、メロドラマという形であれば映画化してよいとのことで、新藤兼人が脚本を担当。監督は大庭秀雄。サトウハチロー作詞の「長崎の鐘」には、“原爆”や“戦争”の言葉はありません。
1952年に新藤兼人監督が製作した『原爆の子』もドラマ仕立て。乙羽信子さんが主人公。被爆者の生活の悲惨さを描いたものでしたが、もっと原爆をリアルに表現すべきという意見もあったそうです。
第五福竜丸が被爆したのは、アメリカが警告なしに実施した水爆実験。
水爆は原爆の千倍もの威力がある、まさにジェノサイドの兵器。オッペンハイマーは、水爆はやり過ぎと反対。米国内で賛否両論があったのですが、トルーマン大統領は、ゴーサイン。
さて、第五福竜丸ですが、事件後、1956年に文部省が買い取り東京水産大学の練習船「はやぶさ丸」になり、1967年、廃船。夢の島に捨てられたのですが、保存運動が起こり、1976年に展示館が出来ました。
夢の島に第五福竜丸がある経緯も知ることのできた充実のご講演でした。
それにしても、核を持つ米国が、イランに核を持つなというのは理不尽です。持つなというなら、まず自身が手放すことが第一歩では?
いつしか地球は、核で滅びるのではと危惧してしまいます。
横浜キネマ倶楽部 第90回上映会『第五福竜丸』(9/20)
https://cineja4bestfilm.seesaa.net/article/521239643.html
横浜キネマ倶楽部 公式サイト: https://ykc.jimdofree.com/
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